TRATTORIA IL BOCCARONE_EBISU,TOKYO
文/赤峰幸生 Essay by Yukio Akamine
写真/平田元吉 織田城司 Photo by Motoyoshi Hirata & George Oda
Ⅰ)イタリアをたずねて
「イル・ボッカローネ」とはイタリア語で大口の意味です。みんなで会話を楽しみながら、おいしい料理をたくさん食べる情景をイメージして、今から23年前に命名しました。
若い頃からイタリアには、歴史や着ること、食べること、映画など、様々な興味がありました。
はじめてイタリアを訪れたのは、1960年代後半、自分が20歳代前半の頃でした。当時は飛行機で片道30時間ぐらいかかりました。南まわりで、羽田から香港、バンコク、ニューデリー、カラチ、ドバイ、アテネを経由してようやくローマに着いた。途中でインド人が裸足で搭乗してきて、トイレでターバンを洗うのを見て、飛行機の中だけれども異文化を感じました。
それ以来、服の仕事で約20年間イタリアに通いながら現地の生活文化に親しみました。その後、勤めていたアパレル会社から独立して、現在のインコントロというライフスタイル全般のコンサルティング会社を立ち上げ、最初に仕事をうけたのがこの「イル・ボッカローネ」の監修でした。
当時の日本のイタリア料理は銀製のフォークとナイフでいただく高級なものか、洋食屋さんがスパゲッティを出す程度でした。そこで、イタリアで慣れ親しんだトラットリアとよばれるカジュアルで気軽な雰囲気のレストランに万国共通の食を楽しむ要素があり、日本で再現しても受けると思い、実現するためのプランを練りました。
Ⅱ)本場を再現
イタリアのトラットリアを作るからには、イタリア人も利用する本格的なものにしようと思いました。日本人シェフひとりがイタリアで修行してきたというレベルではなく、お店の内外装を含めて、イタリア人がイタリアにいると錯覚するようなレベルです。イタリアのお店を一件移築するような感覚で、食材や食器はもちろん建築資材もできるだけイタリアから輸入しました。
厨房やホールのスタッフもイタリア人を連れてきて本格的な味とサービスを再現してもらい、日本人がそれをサポートしながら覚えていくしくみを作りました
地域によって料理の味つけが異なるのは日本もイタリアも同じです。漠然とイタリア料理と銘打ってもリアリティが出ません。このため、イタリア中部トスカーナ地方の山岳料理を専門にすることに決めました。
日本でも大衆向けの飲食店は、隣の客との距離が近い相席感覚の席が多い。これもイタリアでは同様なので、あえてカジュアル感のある雰囲気を再現しました。
Ⅲ)素朴な調理法
調理方法は山岳料理の素朴な調理方法を踏襲しました。創作料理のように、変にこねくりまわさない王道勝負。日本でも庭のコンロで焼いたサンマは美味いですよね。うっかりしていると猫にとられてしまうのだが、そういうシンプルな調理法の良さは万国共通で、伝統的な炭火焼を基本にしました。
味付けでこだわったのは塩加減。肉やハムには塩を強めにして、パンにはほんど塩を入れないでバランスを取るトスカーナ風を忠実に再現した。なんでも平均的な味で出すのではなく、濃い目の味付けにして、食べ合わせのなかで中和していくイタリアらしさは外せないポイントです」
Ⅳ)おいしさの演出
レストランの主人公は料理を作る人だ。寿司屋の主人公が握る人であることと似ている。台所をのぞき見たい感覚は万国共通なのでレストランでも厨房を見せることにこだわった。
デザートはメニューの活字で選ぶより実物を見るほうが、はるかにわかりやすいことは言うまでもない
Ⅴ)クラシック
開店してから20年以上経つけれど、衰退しないで続いているのは、トスカーナの人たちに永年親しまれて継承されてきた普通の料理の良さが、日本でも伝わったからであろう。伝統の料理がもつ時代を越えた普遍的な価値だ。紳士服でも同じで、クラシックにこだわる物作りが一見地味なようだが息の長い支持を得る。
年明け早々からイタリアの紳士服見本市に出かける。イタリアを訪問するのも40年を越えた。紳士服の傾向はクラシック回帰の傾向が強まり、紳士服のルーツ英国調が引き続き注目だ。イタリアの食文化は素晴らしいけれども、今の服の気分はベリー・ブリティッシュですね。
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