CINEMA TALK BAR : YAMASHITA PARK, KANAGAWA PREFECTURE
エッセイ/登地勝志 Essay by Katsushi Tochi
写真・文/織田城司 Photo & Text by George Oda
スタイリスト登地勝志さんの連載エッセイ『酒場シネトーク』。
今回は横浜の山下公園で、高倉健さんの面影をめぐりました。
公園飲みを極める
今年、高倉健さんと映画をつくった、降旗康男監督が亡くなりました。
降旗監督の作風は、アクションはもちろん、「男のわびしさ」の表現が秀逸で、映画の味を深めました。
あらためて、健さんの映画『冬の華』(1978年)を見なおすと、健さんが公園で三角パックの牛乳を飲むシーンがあります。
わびしさのなかに、ヤクザから足を洗おうと悩む男の心が、うまく描かれていました。
まず、これがいい。そこで、健さんの真似をして公園で飲み、わびしさに浸り、考えごとをしようと思いました。
しかし、牛乳を飲んで考えごとをする境地には、まだ至っていません。お酒を飲んでもいいだろうと考えました。
映画に出てくる公園飲みの場所は、住宅地の児童公園でしたが、近ごろ、不審者に対する目がきびしく、落ち着きません。
映画には、公園飲みと別の場面で山下公園も出てくるので、ここなら堂々と飲めると思いました。
公園飲みのメニューを想定して、映画の場面を研究すると、家の冷蔵庫にあったものか、近所のパン屋で買ってきたような日用品でした。
ふだん家で飲み慣れたものが、公園で飲むと、オープンエアや非日常感で美味しく感じる。その変わり身が最大の魅力だと思いました。だから、わざわざ名店で高級食材を仕入れる必要はないのです。
酒はどこで買っても味が変わらないので、最寄りのコンビニで調達してもいいと思いました。肴は地元の人がふだん使いする惣菜屋が理想でした。
しかし、山下公園界隈の惣菜屋の情報はありません。そこで、近くで紳士服テーラー『テーラーグランド』を営む、長谷井孝紀さんを訪ねました。
長谷井さんに公園飲みの主旨を伝え、「地元の惣菜を調達したい」と相談しました。
すると、長谷井さんから「安くてうまい焼き鳥屋があります。持ち帰りもできます。ちょっと歩くけど、いいですか?」といわれ、イメージ通りと思い、連れて行ってもらいました。
焼き鳥屋は、山下公園から歩いて10分ほどの住宅地にありました。
民家の軒下に「やきとり」と書いた赤提灯が1個ぶら下がり、小さな出窓の呼びベルを押すと、おじさんが出てきて、注文してから焼き始めます。
一度にたくさん注文するので「タレ、塩」は細かくこだわらず、おじさんにおまかせしました。
すぐに換気扇から白い煙が出て、夕暮れの住宅地に広がり、自転車に乗って家路を急ぐ女学生が横切っていきました。
焼き上がった焼き鳥を包んでもらうと、コンビニの焼き鳥より安かった。自宅だから経費が少なく済むのでしょう。
むかしながらの惣菜屋の雰囲気が懐かしく、公園飲みの気分が盛り上がってきました。
山下公園で焼き鳥をプラスチックの皿に広げると、香ばしさと旨みを浜風が引き立て、ビールやハイボールが美味しく感じました。
山下公園のベンチから眺めた景色は、横浜ベイブリッジや、みなとみらいの高層ビル群を見渡すパノラマが広がり、爽快でした。
突然、目の前の船から汽笛が大音量で響き、ビールの空き缶がビリビリ震える迫力に度肝を抜かれます。
景色は夕暮れから夜にかけて表情が変わり、パトロール船が行き来して、飽きることはありませんでした。
長谷井さんは「山下公園は、思いっきり大きな声で話しても、近所迷惑にならないからいいですね」と語りました。
帰りに暗くなった公園を歩いていると、缶ビールを飲んでいる外国人グループや、輪になってヨガをやっている若者グループもいました。
暮らしの潤いのために、公園を健全に使う人々は、それぞれの楽しみを満喫していました。
今回の公園飲みの反省は、わびしくなく、楽しかったことです。