馬車道の春

YOKOHAMA SHINANOYA ,BASHAMICHI
写真・レポート/織田城司 Photo & Report by George Oda

横浜の観光名所のひとつ「馬車道」は今年で150周年を迎えました。昨年、1年早く150周年を迎えた馬車道の老舗洋品店「信濃屋」の顧問、白井俊夫氏に歴史の背景と近況をうかがいました。

馬車道 神奈川県立歴史博物館

150年前の馬車道

幕末に横浜が開港して、関内に外国人居留地が置かれると、港の商館と居留地を結ぶ道路が次々と整備されました。1867(慶応3)年にできた馬車道もそのひとつです。外国人が当時珍しかった馬車でこの道を往来したことが名前の由来になります。

馬車道が開通した当時の沿道は、外国人を相手にした商店が英語と日本語を並記した看板を連ね、日本でありながら異国情緒を感じる景観でした。やがて、ガス灯やアイスクリームなどが日本で初めて登場します。今も馬車道には歴史を感じる建物やガス灯の複製があり、当時の雰囲気を伝えています。

信濃屋もそんな商店街で、洋品店として創業しました。創業年は1866年。馬車道よりも1年早いけれど、店舗ができてから、脇に道路が開通したのでしょうか?歴史の背景を白井氏に聞きしました。

馬車道 横浜信濃屋 エントランス
馬車道 横浜信濃屋 1866年創業を表記するウインドウ
横浜信濃屋 メンズフロア 白井俊夫氏 Mr.Toshio Shirai

白井俊夫氏
「信濃屋が1866年に創業した場所は、今の店舗がある馬車道沿いではなく、近くの横筋にありました。翌年に広い馬車道ができると、そちらがメインストリートとして栄えてきたので、すぐに今の店舗がある場所に移転したのです。」

なるほど、それで信濃屋の創業年は馬車道よりも1年早いのですね。現在、馬車道の界隈には150周年記念ロゴタイプを使った装飾が随所に見られ、観光振興への意気込みが感じられました。

馬車道 150周年記念ロゴタイプを使った街頭装飾

この春夏のおすすめ

信濃屋のメンズフロアでは、春夏物の商品が出揃っています。白井氏におすすめを聞きました。

横浜信濃屋 メンズフロア
横浜信濃屋 メンズフロア
横浜信濃屋 メンズフロア
横浜信濃屋 メンズフロア
横浜信濃屋 メンズフロア
横浜信濃屋 メンズフロア この春から展開を再開したGLENOVERのコート
横浜信濃屋 メンズフロア 白井俊夫氏 Mr.Toshio Shirai

白井俊夫氏
「春夏のおすすめのひとつは開襟シャツです。ボタンダウンやワイドカラーのシャツをノーネクタイ兼用、クールビズ用などと言って売り出す人もいるけれど、私から見れば、どちらもタイドアップして着るシャツです。

夏でも、仕事であればタイドアップ。オフタイムは思いっきり開襟シャツを着る。オンオフ兼用シャツなんて、仕事と遊びの境が無い人のようで、中途半端に感じます。そんな風潮から開襟シャツも、いつの間にか少なくなりました。だから、あえて展開するのです。」

流行と言われる服を何でも置いてしまうのではなく、自己の流儀と顧客の顔に裏打ちされた白井氏の発言には、芯の強さを感じました。信濃屋では、開襟シャツを国産のハウスブランド『シナノヤ』と輸入品で幅広く展開していました。

横浜信濃屋 メンズフロア イタリア製GIANPAOLOブランドの開襟シャツ

昭和の大女優を支える

日本映画の全盛期は昭和30年代です。今では考えられないお金と時間をかけて、名作を生み出していました。信濃屋には、そんな時代の女優が多数来店しました。

小津安二郎監督が自分の買物と夕食ついでに女優を連れて来店したのがきっかけだそうです。当時の松竹撮影所が横浜から近い大船にあったことと、小津監督の一流好みが信濃屋を選んだ背景と思われます。

横浜信濃屋 メンズフロア

白井俊夫氏
「小津監督は当店の近くにあった『マスコット』というスナックに女優さんを連れて行く道すがら、よく立ち寄って下さいました。そのうち、女優さんが一人で来店するようになりました。最初に来たのは月丘夢路さん。それから、岸恵子さんや岡田茉莉子さん、草笛光子さん、有馬稲子さん、司葉子さんなどにご来店いただきました。

先代の社長は別荘を持っていて、女優さんをよく連れて行ったそうです。当時、映画の人気は絶大で、女優さんはホテルや旅館へ行っても、すぐに人だかりができてしまう。このため、別荘を使って、お忍びのバカンスやデートのお手伝いをしたのです。」

信濃屋が長く営業を続けてきた背景には、単に服を販売するだけではなく、顧客を物心両面で支える姿勢があったことを感じるエピソードだ。白井氏はそんな時代を回想しながら、最後に「昔の女優さんは、それは、綺麗でしたよ」と語りました。

横浜信濃屋 メンズフロア

白井氏は今年12月の誕生日に80歳をむかえます。今の楽しみは、毎月1回開かれる仲間とのカントリーウエスタンの合奏だそうです。

これからもお元気で、横浜や紳士服の歴史を教えていただきたいと思いました。

横浜信濃屋 メンズフロア 白井俊夫氏 Mr.Toshio Shirai
馬車道