CINEMA TALK BAR : KIBA, TOKYO
エッセイ 登地勝志 Essay by Katsushi Tochi
写真・文/織田城司 Photo & Text by George Oda
スタイリスト登地勝志さんの連載エッセイ『酒場シネトーク』
今回は東京の「木場」にゆかりのある映画を語りました。
新田橋
◆下町情緒の面影
昔の映画は、時代の流れを感じる楽しみがあります。
木場駅の近くにある新田橋は、成瀬巳喜男監督が手がけた映画『稲妻』(1952年)に登場します。
洋品店主を演じる三浦光子が、旦那の愛人に会うため、バスガイドを演じる高峰秀子に付き添われ、新田橋近くの愛人宅を訪ねる場面です。
二人が新田橋を渡ると、住宅地に瓦屋根が広がり、川に小さな漁船が行き交い、「昔の東京の下町情緒はこんな感じだったのか…」と思います。
当時はまだ地下鉄の木場駅はなく、二人が都心から木場までどのように行ったのか考えていると、永代通りを走っていた路面電車で移動する様子がきちんと描かれていました。
帰りに近くの深川不動堂を参詣する様子も短い場面の中に盛り込まれていました。戦後間もない頃の東京を映した貴重なフィルムを通して、成瀬監督の上手さが光ります。
今、新田橋のまわりは、マンションが密集しています。半世紀の間に、住宅が集中して、高層化したことがわかります。映画に比べると空が狭く見え、新田橋の欄干の丸みに、わずかな面影を感じました。
木場公園
◆架空の抗争の舞台
木場といえば、文字通り材木の貯木場の印象があります。
広大な貯木場に丸太がたくさん浮かぶ姿は壮観で、魚河岸とともに、江戸時代から栄えた世界有数の大消費地、東京の象徴として数々の映画に登場しました。
丸太と、それを扱う職人の荒っぽくて勇壮なイメージから、主に犯罪アクション映画の背景として多く使われました。
高倉健が主演した『日本侠客伝』(1964年作)もそのうちの1本です。
この映画は、木場の材木問屋の商圏をめぐる運送会社の抗争が軸になっています。健さんは正統派運送会社の一員として、悪徳運送会社を倒す役どころです。
映画はヒットしてシリーズ化され、1960年代に確率された健さんのヒーロー像の先がけとなりました。それゆえ、健さんファンとしては、木場に特別な思い入れがあります。
そこで、旧貯木場の跡地にできた木場公園を訪ねました。でも、そこは爽やかで健康的な憩いの場。ヒーローが暗躍した面影は残っていませんでした。
築地の魚河岸は10月6日、市場の役割を終了して、豊洲に移転します。惜別の想いから、報道で特集が組まれ、観光客で混雑しています。
かつて、木場の貯木場が移転した時も、惜しむ声はありました。移転すると、跡地に痕跡がほとんど残らないからだと思います。
丸太にヒーロー像の面影を求め、貯木場が移転した新木場を見に行くことにしました。
新木場
◆移り変わるビジネス
ディズニーランドに行く観光客の間をすり抜け、新木場駅に降り立つと、どこからともなく木の香りが漂い、いかにも木の街に来た、という感じがしました。
ところが、目指す貯木場に、丸太は一本も浮かんでいませんでした。
今の材木の物流は、検疫や廃材処理の手間を考えると、製材済みの材木を扱うほうが効率よく、丸太を扱うことは稀だそうです。
材木に限らず、企業も効率や法令順守の管理が厳しくなりました。顔役や用心棒を雇う余地は、丸太とともに消え去ったのでしょう。
大衆酒場 東陽
◆昔ながらの大衆酒場
木場界隈は都心の一等地として開発が進み、健さんの映画の面影はほとんど残っていませんでした。
隣街の東陽町に足をのばし、60年代から営業を続けている大衆酒場「東陽」で、当時の面影にひたることにしました。
こちらのお店は初めて訪問しました。手書きメニューと年季の入ったカウンターに、昔ながらの大衆酒場の雰囲気を感じます。
テーブルはひと席。あとはカウンターと小上がりだけの小さなお店です。初めて行く酒場は要領がわからず、なるべくカウンターの端に席を取ります。メニューやテレビの近くであれば、一人でも浮いたように見えません。
肴はまず名物を注文して、その土地に来た実感を楽しみます。ここは東京湾から近く、古くから魚料理が栄えた地で、何点か注文しました。どれも濃い味付けの江戸前風で、汗水流して働く職人が多く住み暮らした頃のなごりを感じます。
酒場のビールは、生ビールとともに瓶ビールの醍醐味も魅力です。学生時代、故郷の滋賀県彦根市の酒屋でアルバイトをした時、毎日瓶ビールをケース入れ、家庭に配達していました。あのビールケースは瓶が20本入ります。
昔は缶ビールの種類が少なく、家庭の晩酌といえば、酒屋が配達する瓶ビールでした。1980年代頃から缶ビールの手軽さが受け、現在に至ります。そういう我が家も今は缶ビールです。
それゆえ、瓶ビールのズッシリした手持ち感は、酒場ならではの貴重な体験です。酒場の瓶ビールは中瓶が主流ですが、ここはサッポロ黒ラベルの大瓶が置いてあり、通なセレクトで、酒飲みには嬉しい限りです。
肴は名産だけでなく、居酒屋王道の定番メニューも注文します。そのお店ならではの味付けを見つけ、他店と味くらべを楽しみます。
◆受け継がれる職人技
小上がりでは、会社帰りの若いOLが車座になって、女子会をやっていました。なぜ、わざわざここで、と思いますが、彼女らにとっては新鮮な空間なのでしょう。
ボタンを押して注文する酒場には無い魅力があります。手作り感がある料理と店内。目の前で料理人が調理をする姿。本物の臨場感の中に、いつの間にか忘れていた、生身のコミュニーケーションと、あたたかい家庭の雰囲気を感じます。
若い世代がいても、騒がしく感じません。酒場はガヤガヤしているほうが活気があります。わざわざ大衆酒場の老舗に来るお客さんは、皆それなりにマナーを心得、雰囲気を大事にして、酒を楽しんでいます。
年配客しか来ない酒場は静かで落ち着きますが、将来先細りになるのではと、余計な心配をしてしまいます。若い世代から支持があるのは理想的です。
世代をつなぐ要素は「うまい料理」です。それを支える料理人の職人技。そこに現れる真摯な姿勢は、老若男女を問わず、味わう人の心に響きます。
街が変わることは、時代の流れでやむを得ません。でも、世の中が便利になっても、うまい料理を出す酒場が増えたとは思いません。
細々と受け継がれる酒場に、健さんの映画の面影を感じました。