HARBOR LIGHT YOKOHAMA,KANAGAWA PREFECTURE
写真・文/織田城司 Photo & Essay by George Oda
師走の日曜日、横浜の老舗洋品店、信濃屋が主催するクリスマスパーティーが開かれた。今回の会場は、ホテルや国際展示場など大型商業施設が建ち並ぶ横浜埠頭の再開発地区みなとみらいの一角にあるイタリアンレストラン「アッティモ」である。
いち早くアメリカ文化が広まった横浜らしいカントリー&ウエスタンの演奏がパーティーの名物になっている。
赤峰氏
「1960年代は外国映画の影響で、映画の主人公のように着こなしたい一心で、舶来服に憧れるのだけれども、家から近い渋谷の専門店では米軍放出品の軍物などが店先に山積みされているだけでした。
日本橋や銀座で販売されていた舶来服は世界の一流品の類いで、当時の若者にとっては高額品でした。
1970年代のはじめ頃になると、横浜の洋品店が若者が着たいテイストの舶来服を扱うようになり、信濃屋に通っているうちに仕入れ担当の白井さんと親しくなりました。
当時白井さんが住んでいた『なまこや荘』という名前のアパートに遊びに行っては、舶来服の素材やデザインのことをたくさん教えていただいた。二人でさんざん洋服のことを語っているのだけれど『なまこや荘』なんだよね」
赤峰氏
「あの頃は先輩が後輩に、服飾文化だけでなく、生活文化全般を仕込むことが当たり前のような時代で、横浜に行っては白井さんと面白い雑貨屋や、美味いといわれる料理屋などをめぐってました。
港の前にあるレストラン『スカンディア』に行って、当時メニューにあったカエルの足のフライを、好奇心から注文して食べたら、白井さんはよほど驚いたのか、それから何十年も『赤峰君はカエル食った』と言い続けています」
白井氏
「今日は、パーティーに集まる古い友人に見せようと思って、昔の写真を持ってきたんだ。これはラジオ関東を立ち上げた仲間たちと開局当時(1958年/昭和33年)に撮ったものです。
テレビなんか、まだ高額の時代でしたから、若者が最新の西洋文化を享受するにはラジオが貴重な情報源でした」
白井氏
「当時はラジオから流れてくるアメリカのカントリーミュージックを夢中になって聞いているうちに、自分たちで演奏したくなったけれども、楽譜や歌集なんか売ってないんですよ。
そこで、ラジオを聞きながら英語の歌詞をメモして、ノートに清書していきました。ノートは二冊になり、今でも使ってます」
紳士服飾業界では、年明けから、早くも2014年秋冬物の展示商談会が開催される。
イタリアのフィレンツェで開催されるピッティ紳士服見本市では「ロック・ミー・ピッティ」を総合テーマに、音楽と服飾の融合がクローズアップされるそうだ。
戦後のポピュラー音楽創成期から、音楽と服飾の融合を実践してきた諸先輩の演奏は、パーティー会場の人々に、一足はやい、クリスマスプレゼントとなった。