MISTY LAKE COMO
文/赤峰幸生 Essay by Yukio Akamine
写真/織田城司 Photo by George Oda
朝早くミラノに着き、午後の仕事まで時間がたっぷりあったので、新鮮な空気を吸いに、コモ湖に行くことにしました。
コモ湖は、ミラノから北に列車で40分ほど行った、スイス国境近くにあり、周辺には保養地が広がります。中世の頃から絹織物やプリント生地の産地としても知られています。
コモのサンジョバンニ駅から歩くこと10分で湖畔のカブール広場に到着しました。私が最初にこの街に降り立ったのは、今から30年ほど前のこと、イデア・ヴィエッラという生地の国際見本市が開催されていたからです。
現在、イデア・ヴィエッラは、ミラノで開催されているミラノウニカという大規模な生地展の中で展示をしていますが、当時は、コモで単独の生地展を開催していたので、毎年のように通っていました。
展示会場は、毎回湖畔のホテルを使っていたので、ずいぶんと、あちこちのホテルに行ったものです。
さて、コモ湖では、遊覧船で湖畔をめぐるのは毎度のこと、冬でもヘビーコートがあれば大丈夫です。
今回の旅の友は、コロンビーのコート。コロンビーは、スコットランドのコートメーカーで、ロシア軍向けに作ったこのモデルはいかにも寒冷地仕様。頑丈なカーキのメルトン地で作られ、保温性を高めるために、ダブルブレストには、たっぷりと分量が取られています。
このコートを手に入れた時は、メタルボタン付きの、いかにも軍服という外観でしたが、ボタンの存在感がありすぎたため、自分で練りボタンに付け替えて着用しています。
しばらくすると、ホテル・ヴィラ・デステが見えてきました。こちらのホテルもイデア・ヴィエッラの会場として使われたことがあるので、何度か足を運びました。
遊覧船をおり、コモの街中を散策。この街は、車の往来がほとんどなく、時間がゆっくりと過ぎているような、落ち着いた雰囲気。
とくに、14世紀から17世紀にかけて建造されたゴシック・ルネッサンス様式のドゥオモは、私の大好きな建物のひとつです。
散歩をしている老人に古いバールはどこかと尋ねました。彼が親切にも店の前まで案内してくれたのが「オステリア・デル・ガッロ」です。
ガッロとはイタリア語で雄鶏の意味で、キャンティ・ワインの銘柄でも知られています。主人の好みなのか、店内のいたるところに鶏の装飾品が置かれています。
主人によると、店のなりわいは酒屋で、そのかたわらで喫茶や軽食のサービスもしており、鶏の雑貨は、自分で集めたものもあれば、お客さんがプレゼントしてくれたものもあるとか。
この主人は、初めて会ったにもかかわらず、実に気軽に話しかけてきます。聞けば、日本人観光客に好印象を持っていて、コモを訪れるたびに立ち寄ってくれる日本人も少なくないそうです。
そのうち主人は私に、
「旦那、お願いがあるんだが…。日本に帰ったら、この日本人に電話をして、私が元気であることを伝えてほしい」
といってメモを手渡してきました。私は思いもかけない注文に驚きましたが、
「わかりました、おやすい御用です」
といってメモを受け取り、帰国後、メモに記された方に電話をしたところ、その方はたいへん喜んでくれました。
このことは、まだ主人には知らせていませんが、今度コモに行った時に伝えようと思います。それまでに、鶏の絵を描いておこう。
人と人の素朴なつながりから思わぬ楽しみが出来ました。
さてさて、ミラノで仕事が待っています。