写真・文/織田城司 Photo & Essay by George Oda
日本橋大伝馬町の「魚十」は、元禄年間(1688〜1704)に創業して300余年の間、近隣の問屋で働く人々に弁当や定食を提供してきた。
幕の内弁当は、一見どこにでもあるような風情だが、総菜の焼き魚は、かつて日本橋に魚河岸がたくさんあった頃からのこだわりで、旬な素材選びと調理法でしっかりとした旨味がある。近代になって取り入れた揚げ物も手作り感がある懐かしい味がする。ごはんも弾力と粘り気があって味わいがある。
奥に鎮座する焦げ目の美しい卵焼きは、代々受け継がれてきた甘辛い味を今に伝える博物館級アイテムだ。他の総菜は時代の変化とともに更新してきたが、卵焼きの味だけは、江戸時代の味付けを崩さないと決めている。
長年の気配りの積み重ねで、自然と味の平均値が高くなっている幕の内弁当だが、近隣の人々の日常使いという創業当時の想いも守り続け、昼時分はいつも繁盛している。
ただ美味しいというだけでなく、江戸前の現在進行形を体感できる貴重なお店だ。