CINEMA TALK BAR : KAMAKURA, KANAGAWA PREFECTURE
エッセイ 登地勝志 Essay by Katsushi Tochi
写真・文/織田城司 Photo & Text by George Oda
スタイリスト登地勝志さんの連載エッセイ『酒場シネトーク』
今回は鎌倉で高倉健さんゆかりの地をめぐりました。
◆鎌倉で健さんの面影を探して
鎌倉を舞台にした映画はたくさんあります。でも、高倉健さんが出演した映画はほとんどありません。鎌倉の風情が健さんの役柄と合わなかったと思います。
そこで今回は、健さんのロケ地というより、健さんの面影を探して鎌倉を歩きました。
鎌倉市川喜多映画記念館
◆映画で東西の架け橋
川喜多映画記念館は日本映画の発展に貢献した川喜多長政、かしこ夫妻の旧宅に2010年に開館しました。
川喜多夫妻は戦前からヨーロッパ映画を輸入して名作の数々を日本に紹介しました。戦後はヨーロッパの国際映画祭に日本映画を出品しながら、東西の文化交流を深めました。
記念館では、その偉業をふりかえりながら、名作の上映や資料の展示、講演会、グッズの販売などが行われています。
◆若き日の健さんを再発見
展示は映画を様々な角度からクローズアップする特別展が年に数回開催されています。私が訪ねた2018年12月は「ミステリー映画大全集」が開かれていました。
日本を代表するミステリー作家、横溝正史と松本清張の映画版の紹介を中心に、市川崑監督が制作に使った資料や小道具などが展示されていました。
健さん関連では、『悪魔の手毬唄』(1961年)がパネルで紹介されていました。健さんが金田一耕助を演じた作品ですが、和服ではなく、スーツを着ていました。当時フランスで流行った「フィルム・ノワール」というクールで都会的なギャング映画の日本版を意識した作風でした。
記念上映数本の中に『飢餓海峡』(1965年)も選ばれていました。健さんは殺人犯を追う刑事を演じました。
どちらも健さんがヤクザ映画に傾注する以前の作品です。下積み時代にたくさんの映画に出たキャリアが、特別展に生きてくるのだと思いました。
◆純和風のおもてなし
記念館の敷地内にある旧川喜多邸別邸は、哲学者の和辻哲郎が居宅としてた江戸時代後期の民家を川喜多夫妻が買い取り、昭和36年(1961年)に東京都練馬区から移築したものです。
1960〜80年代にかけて、アラン・ドロンなど、プロモーションで来日する外国人映画関係者を日本情緒でもてなす建物として使用しました。そのために、畳の大広間にはテーブルや椅子も置かれました。
おそらく川喜多夫妻は、ヨーロッパの映画関係者がクラシックな屋敷で開くウエルカムパーティーに感銘を受け、その日本版でお返しをしたいと考えていたのかもしれません。
大佛茶廊
◆静かで落ち着いた空間
映画化される小説を多数手がけた作家の大佛次郎(おさらぎ じろう)は、鎌倉の雪ノ下に来客をもてなす別邸を持ち、鎌倉に住む文士や映画関係者を招いてパーティーを開いていました。
建物は大正8年(1919年)に建てられた純和風造りです。20年ほど前に親族の方が修復を加え、カフェとして開業したのが大佛茶廊です。
古民家リノベーションの先駆けとなる存在で、開業当時話題になり、洋服屋の仲間と誘い合って見に行きました。
大佛茶廊は大通りから離れた住宅地にたたずみ、観光地の喧騒が嘘のような静けさです。落ちついた雰囲気で、散策の休憩に立ち寄りたい場所です。
旧川喜多邸別邸と同じく、かつての鎌倉文化人のサロンを想い、しばし優雅な気分に浸ります。私の家は庭がなく、庭を見ながらビールを飲むのも貴重な体験です。
光明寺
◆健さんの墓碑を参詣
2017年3月、鎌倉の光明寺に高倉健さんの墓碑が建ちました。墓碑の高さは健さんの身長と同じ180㎝。底辺には、参拝した友の姿を映す平たい石が施されています。
建てたのは高倉プロモーションの元専務で、これはお墓ではなく、あくまでも墓碑(モニュメント)とされています。健さんが浄土宗を信仰していた縁で、その大本山である光明寺を立地に選んだそうです。
健さんは鎌倉の映画に縁が薄かったけれど、私生活では鎌倉に縁が深かったことを感じる記念碑です。
番外編:渋谷のお気に入り
◆シネマヴェーラ渋谷
今、渋谷の円山町にある名画座、シネマヴェーラ渋谷が気になり、足しげく通っています。家から近いこともありますが、出し物が私の好みに合うのです。
昨年暮れは「滅びの美学〜任侠映画の世界〜」(2018年11/17-12/14)という特集をやっていました。テーマを象徴する数本を日時を分けながらローテーションで何回か上映するものです。
高倉健や鶴田浩二の作品が中心でしたが、今回は梅宮辰夫と加賀まりこが主演した『昭和極道史』(1972年)というレア物のクオリティーの高さに驚き、隠れた名作を発見する機会になりました。
こちらの特集はいつも大衆娯楽作品に徹しています。映画賞を受賞するような芸術作品とは無縁で、頭を空っぽにして、カッコよさやアクションに浸る作品を集めています。
ヴィンテージも1950〜70年代が中心で、脂が乗った時代をうまくとらえています。その頃の場末の映画館の再現を感じ、私にとってはど真ん中です。おそらく、同じような目線の人たちが編集しているのでしょう。
万人受けしようとせず、自分たちが集めたものを好きな人に伝えようとする姿勢が良いと思います。
◆ラッツ・ダイニング渋谷宇田川町店
円山町で映画を観終わると、すぐ電車に乗って現実戻るのはもったいないと思い、どこかで興奮の余韻に浸ろうとフラフラ歩き、偶然発見した飲み屋がラッツ・ダイニング渋谷宇田川町店でした。
渋谷西武ロフト館近くの地下にある、小さなアメリカンタイプのカウンターバーです。トレンドとかオシャレということではなく、ビールが安いチェーン店で、カジュアルで気取らない雰囲気が大衆娯楽映画と合うと思って利用しています。
ここで一人で飲む時は、ポケットからクシャクシャになった映画館のチラシを取り出し、上映スケジュール表と仕事の予定を照らし合わせ、次はどの映画を観ようかと想いをめぐらせます。
そのうちワクワクして、あっという間にビールを2、3杯飲んでしまいます。孤独には見えません。