レストラン芳味亭

RESTAURANT HOMITEI NINGYOCHO, TOKYO

写真・文/織田城司 Photo & Essay by George Oda

イタリアの片田舎のレストランで店員から片言の日本語で挨拶されたことがある。口コミでお店を知った日本人観光客が頻繁に訪れるので、店員も日本語を少し覚えたのであろう。イタリアのピザ屋で修業した日本人が、日本で本場の味とお店作りを再現するピザ屋をオープンして繁盛している。海外渡航の手軽さと情報の発達で本場の味の国際化が加速しているが、このような傾向が見られるようになったのはごく最近だ。

それ以前の日本で、庶民が口にしていた西洋料理は「洋食」だった。明治維新直後から日本を訪れる外国人が急増して、何とか口に合うものを提供しようと、見よう見まねで開業したのが近代洋食のルーツである。

東京の人形町の路地裏にある芳味亭は昔ながらの洋食を提供するお店のひとつだ。
しっかりと味がついたハンバーグに合わせるデミグラスソースはコクとトロ味がある。量もたっぷりで、切り分けた肉と何度もからめながらご飯と食べられてうれしい。炒めたセロリやインゲンといただく濃い味付けは、汗水ながして働く職人や商人が多い町民の舌に合わせ、自然と成熟したのであろう。洋食でありながら江戸前だ。

1935年(昭和8年)に創業した店舗の内外装はレストランとは思えない純和風だ。むかしの日本家屋の中で座布団に座りながら洋食を食べる懐かしさとミックスカルチャー感は、他では味わえない感覚だ。

洋食弁当
洋食弁当

メニューの中にはハンバーグやフライを重箱につめた洋食弁当もある。現在他店で扱われている弁当は同じような惣菜をつかっても、洋食をつけて呼ぶことは稀である。昔から使い続けている言葉が面白く感じられる。

洋食は当初和食の対義語として広い意味で使われていたが、時代の経過とともに、日本で独自に発展した西洋風食文化の意味に変化しつつある。それゆえ、本場の味と比較するものではなく、和洋折衷感の妙を楽しむべきである。ケチャップで炒めた朱赤のやわらかいスパゲッティは、本場イタリアには存在しないが、日本の洋食には無くてはならない存在だ。