写真・文/織田城司 Photo & Essay by George Oda
1963年にロンドンでデビュー以来、常に第一線で活躍し続けるロックバンド、ローリング・ストーンズの2006年ニューヨーク公演の模様をアカデミー受賞監督マーティン・スコルセッシが映画に収めることになった。監督は公演前、撮影班を配備するため、バンドのリーダー、ミック・ジャガーに曲順表をせがむが、ミックは開演直前まで曲順を思案していて渡さない。ようやく監督が曲順表を手にした時、演奏はすでに始まっていた。
バンドのギタリスト、キース・リチャードはかつてインタビューで「ライブツアーの半分は環境との戦い」と語っている。環境とは公演が開催される国、都市、会場の広さ、天井の高さ、反響具合、そして客層などであろう。ストーンズはどのような環境でも同じ演目を判で押したように淡々と繰り返すのではなく、環境に合わせて曲順、使用ギターやピックの堅さなども変え、「それが観客を酔わせる」のだそうだ。観客にとっては、どの日も一夜限りのライブを味わうことになる。
日本橋小伝馬町交差点近くの路地裏に寿司富という小さな寿司屋がある。昼時分はランチメニューの「ちらし」目当てに集まった客でいつも満席だ。「ちらし」というと軽めの印象だが、ここの「ちらし」は新鮮な魚介が山盛り満載で、大人の男性でも十分満足できる。
ネタはひな人形のように鎮座しているのではなく、魚河岸をそのまま「ぶちまけた」かのような盛りつけで目を見張る。どこから手をつけて良いかわからないが、私の場合はタマゴ、カマボコ、赤貝などを先に食べ、ご飯への突破口を開いた後に、マグロ、甘エビ、イカ、タコ、サケなどの刺身類をご飯と交互に食べ、その間に頂上からボロボロと崩れ落ちて底のほうに堆積してきたイクラと煮穴子を残ったご飯にまぶして食べている。
この店に通っていると「ちらし」のネタ編成が毎回少し変化していることに気がつく。店主はメニューの基本線を崩さぬまま、常に旬が感じられるための臨機応変な工夫を加えているのであろう。作り手が見え、その日の息づかいが感じられる店の醍醐味だ。写真付きメニューを徹底したマニュアル管理で、年中同じ品質で提供する店の努力も大変なことだが、それとは別ジャンルの価値観だ。
この店にイタリアの知人を連れて行った時、店主は「盛りつけの配色バランスはいかがでございましょうか」と尋ねていた。いつも何かを求めているような好奇心と謙虚な情報収集に余念がない。
キース・リチャードはインタビューで「あなたの演奏方法を若い人が模倣するのをどのように思うか」と聞かれ、「俺の演奏方法はロックの古典を模倣していることを知っているかい?」と答えている。ストーンズは常に研究熱心で、ロックのルーツとなった黒人音楽や民族音楽への造詣が深く、常に資料収集をしている。あくなき探究心と柔軟な即興が新鮮なライブを続ける秘訣と思われた。
ストーンズの公演の模様を収めた記録映画が公開された時、駅のポスターを見て、どうしても観たくなり封切り館へ出かけた。館内は往年のヒットレコードを忠実になぞる懐メロ大会ではなく、自らのスタンダードの今を探求するストーンズのファンで満杯だった。私のような若造には末席しか残されていなかった。