酒場シネトーク:麻布

CINEMA TALK BAR : AZABU, TOKYO

エッセイ/登地勝志 Essay by Katsushi Tochi
写真/織田城司 Photo by George Oda

梅雨明けが近づくと、東京タワーのライトアップも、涼しげな夏仕様へと変わります。今回は麻布で、東京タワーの思い出を回想しながら、文化の背景をめぐりました。

憧れの東京

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増上寺の境内から東京タワーを望む

私が通っていた中学校の修学旅行は、東京見物でした。

1969年(昭和44年)、生まれ故郷の滋賀県彦根市で暮らしていた頃の話で、当時一番のお目当ては東京タワーでした。

東京タワーは1958年(昭和33年)に完成すると、戦後から復興した新しい日本の象徴として、たくさんの映画に登場しました。彦根の映画館で東京タワーを見るたびに「いつかは登りたい」と思っていたので、実際に登った時は、それまで見たこともない眺望に驚き、感動したものです。

同じ時、東京の街で全学連の赤い旗をたくさん見たことも印象に残っています。当時は学園紛争真っ只中で、あちこちで学生のデモや集会が行われていました。

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芝公園の側道
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東京タワーの入り口付近
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東京タワー大展望台
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東京タワー大展望台
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東京タワー大展望台
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東京タワー大展望台から麻布方面を望む

子供の頃に観た東京タワーが出てくる映画で、一番印象に残っているのは『キングコングの逆襲』(1967年作 監督/本多猪四郎・特撮/円谷英二)です。

キングコングが、天本英世演じる悪の博士が作ったロボット怪獣、メカニコングと対決する物語で、両者が東京タワーによじ登って決闘する場面がクライマックスになっていました。007でボンドガールを演じた浜美枝さんが、凱旋後日本映画に復帰した第一作目にあたり、洗練された魅力も見所でした。

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『キングコングの逆襲』のDVD
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東京タワー駐車場のフェンス
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東京タワー駐車場のフェンス
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『ブラボー!若大将』のDVD

若大将の映画にも東京の街がよく出ます。銀座や日比谷、麻布といった繁華街や山の手が多く、華やかで都会的な印象でした。日比谷を本拠地にしていた東宝らしいカラーがよく出ていました。東映の京都、日活の横浜、松竹の下町とは違う路線で、東京への憧れを強く感じました。

若大将の実家の老舗すき焼屋「田能久」は架空ながら、設定は明治の創業で場所は麻布になっていました。店内の場面の撮影はスタジオのセットが使われましたが、外観の撮影は都内の老舗和食店がロケに使われ、ロケ地は作品によって異なりました。

『ブラボー!若大将』(1970年作 監督/岩内克己)の「田能久」のロケには、麻布の狸穴坂を下る入口の角にあった「狸穴そば」が使われました。私も東京で働くようになってから何度か「狸穴そば」で食事をしたことがありますが、いつの間にか無くなり、今は跡地にビルが建っています。

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狸穴坂を下る入口付近から東京タワーを望む。真ん中の木が茂っている場所がロシア大使館。右側のビルがかつて「狸穴そば」のあった場所
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ロシア大使館の前から「狸穴そば」があった角地を左側に見る。右側は麻布郵便局。『ブラボー!若大将』の中で、スクーターに乗った若大将は麻布郵便局の方角から信号を右折して、「田能久」の看板を付けた「狸穴そば」の前にスクーターを停める場面がある。
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次のカットは若大将が麻布郵便局を背景に店の裏口から実家に入る場面。写真のアングルのように坂を少し下った場所から撮影されていた。

東京では、何でも高層化してしまうと思いきや、「狸穴そば」の向かいにあった麻布郵便局は、ほとんど若大将の映画に映る姿のままで健在でした。

麻布郵便局は1930年(昭和5年)に、旧逓信省貯金庁舎として完成しました。当時の流行、アールデコ様式を取り入れた建築デザインは、近隣の無機質なビルには無い風格があり、若大将が闊歩した頃の麻布を偲ばせます。

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麻生郵便局と東京タワー
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麻布郵便局外壁のスクラッチタイル

都会の隠れ家

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狸穴坂を下る入口

麻布界隈は、今でこそ地下鉄が発達して交通の便が良くなりましたが、私が上京して働き始めた1970年代後半は、陸の孤島でした。でも、あえて隠れ家的な静けさを好む芸能プロダクションやファッションアパレルの事務所もあり、駆け出しの頃はよく通ったものです。

仕事から帰るのが遅くなると、アパートの近所にあった銭湯が閉まってしまうので、狸穴坂下の商店街にあった銭湯に寄ってから帰ることもありました。

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狸穴坂下
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狸穴坂下
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狸穴坂下から六本木ヒルズを望む
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赤羽橋北側から赤羽橋交差点を望む

芸能人と仕事をさせていただくようになり、ようやく仕事の面白さを感じるようになりました。麻布にはそんな思い出もあります。

原宿のセレクトショップで高倉健さんの接客を担当してた頃、高倉プロモーションが入居していた赤羽橋交差点のビルに注文服用の生地帳を預けに行ったことがあります。ちょうど健さんが『駅 STATION』(1981年作 監督/降旗康男)の撮影をしている頃でした。

テレビ番組『タモリのジャポニカ・ロゴス』(フジテレビ系列2005年〜2008年)では、タモリさんの衣装を担当していたので、番組の収録が行われた東京タワースタジオには3年間通いました。

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東京タワーの下にある東京タワースタジオ

路地の商店街

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東麻布 スイス料理 「東京スイスイン」 入口

麻布の路地には、小粋な飲食店がたくさんあります。

東麻布にある「東京スイスイン」は、東京オリンピックの翌年、1965年(昭和40年)に創業。東京が世界から注目され、あちこちに異国情緒のあるお店ができた頃の雰囲気が残ります。スイスのチーズを中心にした定番的な料理は、ワインとよく合います。

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東京スイスイン 軽い飲み口のスイスビール
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東京スイスイン ラクレットチーズ
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東京スイスイン スイスのハムとチーズが入るスペシャルサラダ
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東京スイスイン チーズフォンデュのパン
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東京スイスイン チーズフォンデュ
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麻布十番 日本料理「薔薇屋」入口

二軒目は麻布十番の日本料理店「薔薇屋」。気取りがなく、昔ながらの定食屋兼居酒屋の雰囲気が気に入っています。

菅原文太さんの農場から有機野菜を取り寄せていて、野菜が美味しくいただけます。文太さんも来店されていたそうです。

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薔薇屋店内 菅原文太のサインと写真
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薔薇屋 胡瓜浅漬
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薔薇屋 空豆天ぷら
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薔薇屋 熱燗は好みのちょこで
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薔薇屋 かんぱちあら煮
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薔薇屋 熱燗

今回の記事のために、改めて、数十年ぶりに東京タワーに登りましたが、特に感動はありませんでした。

東京で長く暮らすうちに、私の中で東京タワーは、登る建物から、見て安心する建物へと変化していたのです。東京の街を歩いていて、東京タワーが目に入ると「ああ、今日も在るな」と思う。私にとっては、これで十分満足できる存在なのです。

初めて東京タワーに登った頃よりも高層ビルが増え、高い所に登ることに魅力を感じなくなったこともあります。次回の東京オリンピックに向けて、高層ビルは益々増えると思いますが、人口が減少して、インターネットでどこでもビジネスができる現在では、高層化ばかりが都市問題の解決手段ではないと思います。

それよりも、路地の商店街の方が貴重な存在になりつつあります。そぞろ歩きをしながら飲むことは何にも代えがたく、魅力に感じるのです。

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薔薇屋 熱燗
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麻布十番
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赤羽橋南