町工場とラーメン

AROUND TORIGOE SHRINE, TOKYO

写真・文/織田城司 Photo & Essay by George Oda

東京の下町、台東区の鳥越や小島、三筋などの町には店舗装飾品や服飾雑貨の部品を製作する町工場が点在している。民家の軒先で手仕事をする人々の風情は、江戸時代から続く町人文化を感じさせる。

この界隈には昭和初期の古びた建物が多く見られる。近所の合羽橋道具街で年配の店主に「この辺は空襲で焼けなかったのですか?」と聞くと、「空襲よりも震災で焼けたんだよ」と語った。

下町の人々は関東大震災で発生した火災で古い建物や私財のほとんど焼失してしまった教訓から、大正末期から昭和初期にかけて復興するときに、民家の合間に学校や公園などを配置して延焼を防ぐ配慮がなされた。この効果が東京大空襲の時に生きて、比較的多くの建物が残ったのである。

残った建物は永年風雨にさらされているうちに、銅板やトタン、ペンキなどの人工の建材にサビやヒビワレなどの自然現象が融合して、独特の風化模様を生み出している。

民家の合間には、地域の人々の生活を支えたてきた商店の名残りが見られる。今や、博物館や民俗資料館などでしか見られない貴重な生活遺産が路上に現存する様子は、とても東京の町中とは思えない。

歩き回っているうちに、昼食時になったけれども、住宅地なので飲食店は少ない。たまたま見つけた「幸楽」という中華料理屋は混雑していて、歩道にテーブルを出して客をさばいても、行列ができていた。

遠回しに眺めていると、厨房で中華鍋をふるっていた年配の店主がわざわざ表に出て来て、「一席空いたから、入んなよ」といって私をカウンター席に案内して、「おっと、漬物がないや」といいながら、フリーサービスの漬物を補充する。私はまわりを見回して、地元客が皆食べているラーメンとチャーハンセットを注文した。店主は再び中華鍋をふるう。

ラーメンはあっさりとした醤油ベースながら、かいわれ大根に象徴されるように、きりっとしたシャープな味わいだ。チャーハンは粘性があり、色も味もコクがあり重厚感がある。軽さと重さの組み合わせは、懐かしさというより個性的で、現代に通じる攻め方があり、店主の接客同様、気合いと気配りが感じられた。

「幸楽」から近い鳥越神社は7世紀に創建された由緒をもつ、界隈でも有名な歴史的施設である。この神社に見守られて育った町工場や民家の風化模様には、庶民の道具を作り続けてきた無名の職人たちの年輪が感じられた。