揚子江ラーメン

YOUSUKOU RAMEN UMEDA,OSAKA

写真・文/織田城司 Photo & Essay by George Oda

最近のラーメンは濃厚な味が主流となり、気がついたら昔風のあっさりしたラーメンが少なくなった。

小津安二郎監督が1952年(昭和27年)に制作した映画「お茶漬けの味」の中に、大衆に広まりだした頃のラーメンを垣間みることができる。進駐軍払い下げのグレンチェックのスーツを着て就職活動する青年役の鶴田浩二と、お見合いを途中で抜け出してきた令嬢役の津島恵子はパチンコに興じた後、ラーメン屋の暖簾をくぐる。店内はラーメン屋にもかかわらず、壁面には東郷青児風のモダンな洋画が飾ってある。津島はラーメンが初めてらしく、鶴田が食べ方を教える。

津島「熱い!」
鶴田「これは、熱いのがうまいんですよ」
津島「そう?」
鶴田「どうです?うまいでしょう」
津島「うん、おいしい」
鶴田「ラーメンはね、おつゆがうまいんですよ」
二人でどんぶりを両手で持ち上げ、スープをすする。
鶴田「こういうもんはね、うまいだけじゃいけないんだ。安くなくちゃ」

これは、グルメ本まで出版され、食通でも知られる小津監督が映画の中で鶴田浩二に語らせたラーメンに対する持論であろう。

そんな時代の味を感じさせるのが大阪梅田にある「揚子江ラーメン」である。透明感あるスープはあっさりしながらコクがあり、飽きのこない塩味だ。極薄のチャーシューとシャキッとした食感の野菜はスープのアクセントとして最小限におさえられ、細い麺もスープの中を泳ぐように控えめだ。平たい器はラーメンどんぶりというより、スープ皿を思わせる。まさに、おつゆがうまく、どこか懐かしい味がする。明治生まれの祖母がラーメンのことを「シナソバ」と呼んでいたことを思い出した。

単なる懐古趣味ではなく、映画館で映画を観る前や、お酒を飲んだ後などに、ちょうどいい量と後味だ。一杯で主食になってしまう濃厚で重いラーメンは、このような小回りはきかない。小津監督はロケ地を探して街を歩きながら、そば屋やラーメン屋で小腹を満たしていたようだ。当時は東京にもこのようなあっさりしたラーメンがたくさんあったのであろう。

ところで、映画のシーンにはオチが付く。

鶴田「お代わり食いますか?」
津島「ううん。もうたくさん」
鶴田「おーい、ラーメンもうひとつ、おつゆ沢山!」
店主「へーい」

鶴田浩二がラーメンを2杯食べる展開には無理があるという評論もあるが、昔風のあっさりしたラーメンなら不可能ではないと思われた。