プラチナ通り

PLANTINUM ROAD SHIROGANEDAI,TOKYO

文/赤峰幸生 Essay by Yukio Akamine
写真/織田城司 Photo by George Oda

白金台の外苑西通りにて

7月22日、オフィスを、20数年通った白金台から、神奈川県の梶が谷に移転した。仕事場に対する想いは、人それぞれ仕事がちがうように、様々であろう。

外苑西通りのカフェ・ラボエムにて

私の場合は、ものごとを企画して、提案することを生業としているので、提案する環境も重要だと考えている。提案者の格好や提案場所の調度類、音楽などはもちろん、駅から提案場所に至る道も、オーケストラの序曲や、厨房のよい匂いのように、演出の一部だと思っている。

カフェ・ラボエムのボロネーズ

イタリアで、古びたアパートの中のショールームや、田園地帯にある縫製工場を訪れると、物がより美しく見え、提案場所へ至る道の大切さを痛感する。

その要素のひとつは樹木であろう。独立して事務所を開業する時、アクセスの利便性よりも、緑が多いことを優先して物件を探した。

白金台には、幼い頃、母に連れられて来た自然教育園や、旧朝香宮廷を改装した庭園美術館、太いイチョウの並木が茂る外苑西通りなどがあり、都内にありながら緑が豊富だ。服飾関係の会社も少なく、近代化されていない点も気に入って、仕事場に選んだ。

外苑西通りのイチョウ並木

あれから20数年、夢中で仕事をしているうちに、白金台にはいつの間にか、ブティックやトラットリア、カフェ、パティスリー、ペットケア、コンビニなどが増え、昔の東京の田園都市の面影はうすれ、商業地の様相が漂いはじめた。

町に活気が出てくることは結構だが、外苑西通りが「プラチナ通り」と呼ばれるようになると、いよいよ私の好きな味から、かけ離れていくことを感じた。

このへんが潮時と思い、より自然が感じられる郊外に移り、少しは庭のある一軒家を広く使って仕事をすることにした。

白金台でかつて仕事場にしていたマンションの前で

企画の提案は常に「クラシックを極める」ことを意識しているので、研究のために集める資料は服飾雑貨のみならず、書画骨董など多岐にわたる。資料は増える一方で、仕事場はすぐに手狭になるので、白金台の中でもヤドカリのように移転をくり返してきた。

外苑西通りよりも目黒駅寄りにあるマンションの1階を借りていた時は、地面に大きなプランターを置いて、トマトやカボチャを育てていた。次に移転するマンションの3階はバルコニーが狭く、プランターが置けなくなってしまったので、大家さんに処分を依頼したところ、大家さんが植木好きで、そのまま育ててくれた。先日、昔のマンションの前を通ると、かつてのトマトは今年も実り、カボチャは大きな花を咲かせていた。

永年お世話になった町で、人々の眼を楽しませることに、わずかながら貢献できたことを、うれしく思う。