朝の散歩道

TODOROKI VALLEY,TOKYO

文/赤峰幸生 Essay by Yukio Akamine
写真/織田城司 Photo by George Oda

真夏に、ツイードのスーツを着て出かけた。そこまでツイードが好きだ!と、言いたいところですが、本当は、秋に発売される雑誌の撮影があったからです。

9月24日に朝日新聞出版から発売された「アエラスタイルマガジン」Vol.24 2014年秋号の拙著連載コラム『粋の歳時記』では、重ね着をする季節の色合わせの楽しみについて書きました。

このコラムに添える私の写真の着こなしは、茶系のスーツでコーディネイトしようと思いました。スーツの生地は、スコットランドのツイード生地の産元、Lovat Mill(ラヴァット・ミル)社に別注して織ってもらったもので、枯葉の中に見るグリーンからブラウンまでのグラディエーションをイメージしたミックス感のある小格子です。

制服のように均一に染めた生地ではなく、グリーンやブラウン、ベージュ、ワインなど様々な色糸を重ねて織っているので、遠目には無地に見えますが、近くで見ると、いろんな色が見えます。

合わせるアイテムの色や表情が広がるので、定番的な着こなしにはない、独自の着こなしを開拓する楽しみがあります。

撮影場所は自然の中にしようと思いましたが、真夏の強い日差しでは、秋の雰囲気が出ないことに気が付きました。思案した挙句に思いついたのが、家の近所で毎朝散歩をしている等々力(とどろき)溪谷でした。

等々力溪谷は、わき水が集まってできた川が長年大地を削ることでできた東京23区唯一の溪谷です。木々に覆われた谷底の散歩道は昼でも薄暗く、夏は気温が周囲より2、3度低いので今回の撮影にはぴったりだと思いました。

毎朝等々力溪谷を散歩して水辺を飛び交う鴨や白さぎ、野生化したセキセインコなどを見て、わき水を瓶につめている人に挨拶しながら、四季折々に変化する自然の色や音、匂いを楽しんでいます。溪谷内にある等々力不動尊は、毎年元旦に初詣に行く場所です。等々力溪谷は、私にとって、日本人の情緒を養うためには欠かせない場所なのです。

とはいえ、わざわざ遠くから見に来る場所でもありません。日本人の情緒を養うには、特定の場所に行くことが問題ではないのです。そのために渋滞や人混みに巻き込まれて、かえってストレスをためてしまうようでは逆効果です。

本質は、四季の変化を感じ、節句に感謝と祈る気持ちになることで、それができれば、自宅や職場の近所にある無名の児童公園や神社でもよいのです。

例年より早く秋の気配が訪れた9月の中ごろ、ツイード生地の商談で、再びスコットランドに旅立ちました。ちょうど独立をめぐる国民投票の真っ只中で、どこへ行っても祖国の行方をめぐる話題で盛り上がっていました。

そんな話に耳を傾け、人と祖国の因果と、我が祖国、日本のことに想いをめぐらせているうちに、毎朝等々力溪谷から帰って食べる白いご飯とお漬物、熱い味噌汁が、無性に食べたくなりました。