打刃物司うぶけや

CUTLERY SHOP UBUKEYA SINCE 1783_NINGYOCHO,TOKYO

写真・文/織田城司 Photo & Essay by George Oda

横書きの和文が英文のように左から綴られるようになったのは戦後からである。

人形町交差点近くにある風情のある刃物屋は、以前から気になっていた。いつ頃できたお店なのかわからず、現代の感覚で看板を左から読むと「やけぶう」と読める。果たしてどういう意味なのか謎だった。

調べものをしているうちに、この刃物屋は戦前どころか1783年(天明三年)に創業した老舗であることがわかった。それゆえ、看板は右から読むのが正しく、「うぶけや」と読む。うぶ毛も剃れる(包丁、カミソリ)、切れる(ハサミ)、抜ける(毛抜)刃物を扱う店という想いで名付けた屋号だそうだ。

新聞の切り抜きに使うハサミが切れなくなってきたので、新調しようと思い訪ねてみた。店内にはガラスケースに入った無数の刃物が並び、奥の部屋からは刃物を研ぐ音が聞こえた。

どれを選んで良いのかわからないので、お店の婦人に尋ねてみた。「新聞の切り抜きに使う洋バサミを探しているのですが」と言って、普段使っているようなハサミに目を落とすと婦人は「これはきゃしゃですからね。切り絵をする時のものですよ。ほらこんな切り絵」と言って切り絵のサンプルを取り出して見せてくれた。「新聞は大きいからこれぐらいのがおすすめですよ」と言って後ろの壁面から短い裁ちバサミを取り出し、ガラスケースの上にハンカチぐらいの大きさの赤いビロードを広げ、その上で実演して見せてくれた。「こうしてハサミを宙に浮かさないで机に付けて切ると楽ですよ。どうぞお試しになって下さい」と言われ、実際に試してみると、適度な重みに安定感があり、良い感触だったのでいただくことにした。

新聞の切り抜き用に購入したショートスケールの裁ちバサミ。中央に東京うぶけやの刻印がある。

婦人がハサミを包んでいる時に、店内を眺めていると40センチもありそうな巨大なハサミが吊り下げられている壁面が目についた。「このハサミは何に使うのですか?」と尋ねると、「それは売り物ではなく展示品です。明治時代に、日本にはじめて洋バサミが伝来した時、当家で模して作ったもので文化財に指定されております」と答えられた。こちらはただ唖然とするばかり。精緻な外観はまさに和魂洋才であった。「ずっとここでお店をやっているのですか?」と尋ねたら「ええそうですよ」と答えられた。

明治時代に作製された刃物は東京都中央区民有形文化財に指定されている。

「うぶけや」には確かな技術と伝統、用途に応じた豊富な品揃え、わかりやすい接客、コンセプトの明確な屋号など、専門店のあるべき姿がいっぱい詰まっていた。
性能や値段を比較しながら購買するネット通販では味わえない「ここで買うからいい」と思える情緒や風情がある。使うたびに日本の職人技を体感できるハサミの切れ味は、もはや説明不要であろう。

現在の市販品の一部。歴史資料を見た後だと、現行品にも迫力が感じられる。