映画でめぐるダブルのスーツ

構成・写真・文/織田城司 Edit,Photo,Text by George Oda

紳士服2018年春物で、原点回帰の傾向から注目されるダブルのスーツ。映画を軸に、その魅力を探訪しました。

1.クラシック映画とダブルのスーツ

インタビュー:服飾ディレクター 赤峰幸生さん

「アカミネ・ロイヤル・ライン」ダブルスーツのニューモデル(型番:GS170830)を着る赤峰幸生さん

服飾ディレクター赤峰幸生さんが手がけるカスタムメイドのブランド『アカミネ・ロイヤル・ライン』。2018年春物から、ダブルのスーツにニューモデル(型番:GS170830)が登場しました。赤峰さんに新型への思いを語ってもらいました。

◆「男っぽさ」の魅力

ダブルのスーツの新型について

「1930年代に多く見られたバランスをリアルに取り入れています。この時代はダブルのスーツが最も多く登場した時代です。英国からフランス、イタリア、アメリカへと広がり、各国で独自の味がブレンドされました」

「当時のダブルのスーツから感じる魅力は『男っぽさ』だと思います。大きなラペルやウエストのシェイプ、股上が深くて幅が広いパンツなど、男性の体型を立体的に強調して、より男らしく見せる造形美がありました。今は、優しい印象の男性を多く見ますが、少しぐらい、男っぽい男性がいても良いでしょう。このため、新型では従来品よりもラペル幅を広くしています」

「アカミネ・ロイヤル・ライン」ダブルスーツのニューモデル(型番:GS170830)Vゾーン。シャツは「アカミネ・ロイヤル・ライン」。ネクタイはシャルべ社製

「こうしたバランスのスーツが出てくると、シャツの襟も、ワイドスプレットよりレギュラーカラーの、ややナロー気味の開きが合う。1月のピッティ展を見たけれど、まだ少ない。モード系のブランドにあったりするけど、ノーステッチだったりする。このため、『アカミネ・ロイヤル。ライン』のオーダーシャツに、以前からレギュラーカラーを揃えています。ディティールはロングポイントで、ソフトな襟芯。こちらも1930年代調です」

「アカミネ・ロイヤル・ライン」ダブルスーツのニューモデル(型番:GS170830)ポケット

上着のポケットの仕様について

「上着のポケットは両玉縁。フラップ付きよりもエレガントに見えるからです。フラップ付きは元々スポーツジャケット用の仕様です。別名「雨ぶた」と呼ばれるように、アウトドアで突然雨が降っても、ポケットの中の物を濡らさないために付けたことがルーツです。シティで着るエレガントなスーツは雨が降るとコートや傘で防水するので、スポーティーに見えるフラップを付ける必要はありませんでした。」

「アカミネ・ロイヤル・ライン」ダブルスーツのニューモデル(型番:GS170830)サイドベンツ

サイドベンツの仕様は

「ダブルでもサイドベンツを入れるのは英国調。歩くと流れるように舞って、優雅に見えることから取り入れてます」

◆ドレープのあるバランス

新型をイメージした映画は

「1930年代調のスーツが多く見られる映画の中から、今気になる映画を10本選んでみました。当時の映画もあれば、後から1930年代を回顧した映画もあります。ダブルのスーツばかり出てくるとは限りませんが、特に注目してほしいのはドレープです。いわゆる、たるみで、その曲線が生み出す造形美です。何でもピチピチのスリムにしてしまうのではなく、顔の大きさや体型と調和するゆとり幅の取り方に、採寸の妙を感じます」

有名な『ゴッド・ファーザー』が入っていませんが

「確かに、1930年代を背景にした映画で、ダブルのスーツもたくさん出てきます。格好良くて何度も観ました。シチリアらしい土臭さをよく再現しています。今の自分としては、アメリカやフランスの洗練された軽さが気になります。特に一押しは、フレッド・アステアです」

◆男は古い物に憧れる

紳士服では近年、原点回帰や英国調を題材にした提案が多い

「あくまでも、新しい打ち出しとしてです。今の主流はあくまでもカジュアル化、スポーツ化です。本来ドゥ・スポーツで着るスウェットを街着として着たりする。素材も合繊を使った軽量感のあるものが人気です。そのアンチテーゼとして、ちがう視点の服があっても良いのでは、ということで原点回帰や英国調が出てきて、ダブルのスーツも注目されている。ピッティ展でも見られるけれど、紳士服全体から見れば、まだ少数派です」

原点回帰の傾向がしばらく続いていますが

「男は古い物に憧れる性質があります。クラシックカーやアンティーク・ウオッチ、ヴィンテージ・ウエアなど。原点回帰の背景は一過性ではなく、若い世代にも徐々に広がりつつあります」

「アカミネ・ロイヤル・ライン」ダブルスーツのニューモデル(型番:GS170830)を着る赤峰幸生さん

2.小津映画とダブルのスーツ

コラム:ライター 織田城司

「アカミネ・ロイヤル・ライン」ダブルスーツのニューモデル(型番:GS170830)を麻で仕立てたサンプル。麻はスペンス・ブライソン社製のアイリッシュ・リネンのカーキ

◆ほとんど変わらないスーツ

小津安二郎監督の映画歴を見ると、晩年になるにつれて、秋をイメージする設定が増え、主人公の年齢も青年から中年へと変化しています。

しかし、主人公が着るスーツはほとんど変わらず、当時最もシンプルで、標準的なデザインだったシングル・2ツ釦・3ツ揃いを着せていました。

『その夜の妻』と『東京物語』に3ツ揃いを着せなかったのは、真夏の設定だったからだと思います。

どのスーツも生地はグレーの無地、シャツは白無地、ネクタイは無地調に決まっていました。小津監督自身もそのスーツスタイルを好んで着用しました。

◆モダンボーイのダブルのスーツ

小津監督が唯一、主人公にダブルのスーツを着せたのは、1933年に手がけた『非常線の女』の岡譲二です。昼はボクシングジムを仕切り、アパートの引き出しに拳銃を隠し持ち、一緒に暮らす恋人は、ダンスホールでカクテルドレスを着て、姉御と呼ばれている。

いわば、ギャングと情婦の設定で、小津作品には珍しい犯罪映画です。当時流行していたアメリカのギャング映画の影響を感じます。

スイング・ジャズやアール・デコで彩られた「狂乱の20年代」の名残りが1930年代にもあり、日本に影響を与えました。街にはカフェやダンスホールができて、洋装で着飾って出かけることが流行しました。

こうしたモダンボーイとモダンガールは、後に略して「モボ・モガ」と呼ばれるようになりました。

小津映画『非常線の女』は、こうしたモボ・モガをリアルタイムで題材にしたものです。その中で、小津監督はダブルのスーツを街のお洒落着として描きました。

◆服で人物像を描かない

小津監督は戦後、『麦秋』の脇役で会社役員を演じた佐野周二にダブルのスーツを着せていました。ダブルのスーツは戦後になると、会社役員が着るようになりました。

その後の作品の会社役員には、ダブルのスーツを着せていないことから、アメリカ占領下の時代に作った作品らしさを感じます。

その頃、佐田啓二などが演じる若手社員に着せたスーツはシングル3ツ揃いからヴェストを除いたツーピース。当時の若者のスーツスタイルを反映しています。

小津監督が登場人物に着せたスーツは、職種や世代を図式化するツールで、それ以上細かくこだわることはありませんでした。それゆえ、どのような俳優にも同じようなスーツを着せていたのだと思います。

小津監督はシナリオが映画にとって重要な要素と考えていました。自らシナリオを書き、登場人物の生き方や考え方、品格、性格、職業、境遇などをセリフに託し、美しい日本語にこだわって表現しました。言動が人物像に与える影響が大きいと思っていたのでしょう。

いずれにせよ、世界の映画監督の中で、長年に渡り、主人公に同じ格好をさせたのは稀なケースで、小津監督の作品に対する執着を感じます。

3.アクション映画とダブルのスーツ

インタビュー:スタイリスト 登地勝志さん

ダブルのスーツを語る登地勝志さん

◆戦後のアクションスターとダブルのスーツ

高倉健さんはダブルのスーツを着たのですか

「健さんは、映画の中でダブルのスーツを着ることはありませんでした。役柄上、スーツそのものを着ることが少なかった。でも、プライベートでは、60年代に4ツボタン・ダブルのブレザーを着ていたことがあります。当時日本で、ニューポート・ブレザーと呼ばれていたものです。アメリカのニューポート・ジャズ・フェスティバルに出演したジャズ・メンのモダンなスーツスタイルから引用したものでした。袖口のボタンが2個や1個のものもありました。健さんは俳優の向学心から、流行の紳士服を一通りチェックしていて、その一環だったと思います」

高倉健さんは東映のデビュー当時、サラリーマン物にも出ていました

「デビュー当時は若手俳優として、あらゆる役を演じて、サラリーマン物に出たこともありましたが、すべての経歴からすると、ごくわずかです」

「東映のダブルのスーツで印象的なのは、『多羅尾伴内』シリーズで探偵を演じた片岡千恵蔵さんです。健さんも若手として共演したことがあります。その頃、片岡千恵蔵さんは大スターでしたから、若手がダブルのスーツを着ることに、遠慮があったと思います」

ダブルのスーツを語る登地勝志さん

◆若者のダブルのスーツ

若者がダブルのスーツを着るようになったのは

「60年代は、会社役員がダブルのスーツを着るから、若者はシングルを選んだ背景はあったと思います。70年代から少しづつ流れが変わって、DCブランドが提案するヨーロピアンテイストが出てきました。テレビシリーズ『傷だらけの天使』で探偵を演じたショーケン(萩原健一)が着たダブルのスーツスタイルは若者の間で人気になりました」

「70年代のダブルのスーツはまだストリートウエアの域でした。80年代にアルマーニをはじめとするイタリアンモードの影響から流行したダブルのソフトスーツは若者のビジネスウエアとしても広がりました。でも、極端に大きなシルエットのため一過性となり、90年代にバブル経済が崩壊すると、衰退しました」

「今回の1930年代調は、久々のダブルのスーツの登場です。もともとクラシックなデザインですから、流行に左右されず、長く着られるバランスだと思います。今は会社役員でもダブルのスーツを着る人は少なく、若い人も遠慮なく、クラシックなダブルのスーツが醸し出す、レトロなエレガンスをお楽しみいただければと思います」

007の写真集イタリア版「JAMES BOND EROE CON STILE」

◆やせ型の人に似合うダブルのスーツ

やせ型の人が参考にすべきダブルのスーツスタイルは

「やせ型の人でダブルのスーツをキレイに着こなしているのは、英国のチャールズ皇太子です。特に若い頃は、今よりやせていたので、参考になります」

「007シリーズでは、ロジャー・ムーアが好んでダブルのスーツやブレザーを着ていました。特におすすめは『007黄金銃を持つ男』(1974年作)です」

007の写真集イタリア版「JAMES BOND EROE CON STILE」に見る『007黄金銃を持つ男』のロジャー・ムーアのダブルスーツ姿

「やせ型の人でも、ウエストを絞って、ダブル特有の逆三角形をキレイに見せれば、格好良く見えます。それには、オーダーメイドで、体型にきちんと合わせて作ることをおすすめします」

ファッションが無い物ねだりとしたら、新しい物ばかりでなく、古い物も今の時代に無い物です。オフィスやストリートでカジュアル化が進む一方、たまにスーツを着るなら、エレガントに見えるクラシックなスーツをきちんと着たい、と思う人たちから、1930年代調のダブルのスーツが注目されています。

「アカミネ・ロイヤル・ライン」ダブルスーツのニューモデル(型番:GS170830)