ニューグランドのアップルパイ

HOTEL NEW GRAND YOKOHAMA SINCE 1927

写真・文/織田城司 Photo & Essay by George Oda


信濃屋のクリスマスパーティーに招かれたサイトのメンバーは、夜まで待ちきれずに、昼から横浜に集まり、港町に残るクラシックでエレガントを散策した。

メンバーの集合場所は我が国屈指のクラシックホテル、ニューグランドである。コートを着て三々五々集まるメンバーは、かつて観た犯罪映画の冒頭を思い浮かべていた。

ノーマン・ジェイソン監督スティーブ・マックイーン主演1968年公開作品『華麗なる賭け』は、スーツを着た男たちが手際よく現金を強奪するシーンからはじまるが、本サイトのミッションは、「ニューグランドのカフェでアップルパイを食す」であった。

このミッションは、カフェが女性客で満席のために、あっけなく不可能となった。メンバーはしかたがなく順番待ちの名簿に記帳して、館内を散策することにした。

赤峰幸生氏は2階のロビーに残る和洋折衷感ある内装を見ながら「むかしながらの雰囲気を残すホテルは、東京には無くなってしまった」とつぶやくと、赤峰氏のカーキ色のミリタリー調コートに注目した登地勝志氏が「ここで見ると将校みたいですね」といった。

赤峰幸生氏は館内に飾られている昔の写真を見ながら「これは1930年代のものでしょう。女性の靴を見ればわかります」と語る。

小一時間後、ようやくカフェに入ることができた。「ここではアップルパイ・アラモードしか注文しない」と語る赤峰氏の大きなラペルのスーツが気になったので、パイを待つ間におたずねした。

赤峰氏
「これを最近イタリアで仕立てたスーツだ。着るのは2回目ぐらいかな。シチリア島のパレルモにある仕立職人のメゾンをめぐっている時に、クリーミさんという職人に出会い、彼がアカミネのスーツを作りたいと言って寸法も計らずに作って送ってきたもの。サイズはぴったりでした」

クリーミと織ネームが縫い込まれたスーツの生地はウールのギャバジン。秋冬向けの素材だけれども明るい色目が南イタリアらしい。

いかにもイタリアらしい手縫いのステッチが随所に見られる。

赤峰氏
「手縫いの魅力は、やわらかいボタンホールが丸みのある表情をつくること。機械縫いのボタンホールはどうしてもかたくなるから表情が平面的になってしまう。今日はナットボタンの明るい茶色にネクタイと靴の色を合わせた。ポケットチーフの色も明るい茶色にすると『合わせすぎ』に見えるので、あえてシャツと同じ白にした」

スーツ談議をしているうちに、アップルパイ・アラモードが出て来た。アップルパイにホイップクリームとバニラ・アイスクリームを加えた盛り合わせである。人気メニューのプリン・アラモードほどの派手さはないが、いかにも通好みの渋い選択だ。

焼きリンゴは甘みと酸味がパイ生地の中でしっとりと馴染んで落ち着いている。クリームやアイスは、さらに甘さを控えて調和をとる。開港の地にして日本と西洋文化の架け橋となり、洋食の分野でも草分け的存在で、数々のメニューがお手本となったホテルらしく、基本と伝統を感じる味わいであった。

1927年(昭和2年)開業時の写真