仙台の横丁

ALLEY IN SENDAI CITY,MIYAGI PREFECTURE

写真・文/織田城司 Photo & Essay by George Oda

遠近法の彼方に、飲食店の看板がモザイクのように重なる横丁は、我が国独特の景観である。

戦後の闇市の活力を今なお継承する横丁の小さな店は、表通りの大きな店が同質化する裏で、店主の創意工夫と温もりでにぎわう。単なる懐かしさを超え、きわだつ個性が魅力だ。

東北の一大都市、仙台の表通りの裏には、国内有数の規模で横丁が広がる。とても一晩では見きれないが、いくつかの店をめぐってみた。

文化横丁 BUNKA-Yokocho Alley
文化横丁 BUNKA-Yokocho Alley
文化横丁 BUNKA-Yokocho Alley
文化横丁 BUNKA-Yokocho Alley
文化横丁 BUNKA-Yokocho Alley
文化横丁 居酒屋「恩」 Restaurant “ON” ,BUNKA-Yokocho Alley

文化横丁は1925年(大正14年)、近所に開業した映画館「文化キネマ」の名に由来する。1945年の仙台大空襲で焼け野原となり、戦後は闇市から再スタートして現在に至る。

居酒屋「恩」は、戦後から続く古参店が多い文化横丁の中で、新しい世代が営業する和モダンの飲食店だ。家賃が高いビルの中に出店するよりも、肩の力をぬいて、等身大のサービスができる横丁を選んだのかもしれない。静かな店内には、観光客で混雑する古参店の喧騒から逃れた地元の常連客が隠れ家のように集う。

居酒屋「恩」 店内

店内はVの字型に配置したカウンターのみのシンプルな構造で横尾忠則が1970年代にデザインした高倉健のポスターが和モダンな店のコンセプトを象徴する。

居酒屋「恩」トウミョウ炒め

横丁では、土地の風土に根づいた肴に出会うことが楽しみだ。トウミョウは豆苗と書くエンドウ豆の若芽のことで、苦味や青臭さがなく、飽きがこない味はビールと良く合う。

東一市場 TOUICHI-ICHIBA
東一市場 TOUICHI-ICHIBA
東一市場 TOUICHI-ICHIBA
壱弐参横丁 IROHA-Yokocho Alley

表通りを幹とする枝葉には文化横丁のほかにも、同じく戦後の闇市を由来とする東一市場や壱弐参(いろは)横丁が連なる。表通りをはさんだ反対側には虎屋横丁が広がる。

虎屋横丁 TORAYA-Yokocho Alley
虎屋横丁 TORAYA-Yokocho Alley
虎屋横丁「地雷也」 Restaurant “JIRAIYA” ,TORAYA-Yokocho Alley

虎屋横丁の老舗「地雷也」は、山賊がふるまう豪快な炭火焼き料理をコンセプトにする店で、がまの妖術を使って悪を倒す古典劇のヒーローが名称の由来である。入り口には「掟」と書かれた江戸時代風の看板をかかげ、「長居は無用、飲逃げ喰逃げ打首也」などと記す。丁寧な接客サービスを経営理念にかかげる企業が多い中で、客を罵倒するような演出が面白い。

「地雷也」 店内

店の入り口には巨大ながまの置物をいくつも置いて守護神とする。

「地雷也」 灰皿

店の真ん中に大きな炭火焼コンロがあり、そのまわりをカウンターが囲む。豪快な灰皿が目を引くカウンターの客は、山賊のアジトで旅の者が身を小さくして世話になっているという風情だ。いくつかあるテーブル席も地元のサラリーマンの宴会で満席だ。

「地雷也」 バクライ

地酒「地雷也」の肴にした海鮮珍味バクライは、ホヤとコノワタ(ナマコの腸の塩辛)を合わせたもので、噛むと中から海水がしみだしてくるような味がする。

「地雷也」 サンマの塩焼き

サンマの塩焼きは、三陸沖でとれた素材の良さと、炭火特有の焼き加減で旨味が凝縮され、一般的なメニューながら、意外な味わいに驚く。

「地雷也」 仙台牛

炭火であぶっただけの仙台牛のヒレ肉はやわらかくて甘みがあり、ワサビを少しつけていただく。素材の良さと和にこだわる発想が新鮮な味を生んでいる。

「地雷也」 店内

店内には店を訪れた著名人のサインを飾る。店長に創業を訪ねると、「ウチは昭和38年(1963年)から。もう50年になる」と、教えてくれた。

「地雷也」 立川談志のサイン

サインの中には、昨年11月21日に亡くなった立川談志が1990年に「地雷也で一番古い客や」と記したサインがある。

店長は「えらそうなこと書きやがって」と言いながら、「あそこにある千社札は、みんな談志さんが連れてきた人たちだ。永年かかって壁と一体化している」と語る。感謝の照れ隠しで、わざと荒っぽく振る舞うのが山賊らしい。

「地雷也」 店内
「地雷也」 店外の装飾

永年かかって風化した千社札は立川談志のほかに、こん平、内藤陳などの名前も見られる。地下の店から地上にのぼる階段のおどり場には、東北出身の芸術家、棟方志功の版画が飾ってある。

稲荷小路 INARI-Koji Alley

虎屋横丁と交差する稲荷小路には、クラブやスナックが多く、ホステス用にドレスを売る店も見られる。

国分町 kOKUBUN-Cho
国分町 kOKUBUN-Cho
国分町「鞍山(あんしゃん)ラーメン」”ANSHAN” Ramen Noodle Restaurant,KOKUBUN-Cho

稲荷小路から少し入った通りには、年季の入った居酒屋とラーメン屋が点在する。今どきの濃厚なラーメンを売りにする店は多いが、飲んだ後に丁度いい昔風のさっぱりしたラーメンを出す店はないかと探していたら、風化した70年代調のビニールシートをかぶり、かすれて消えそうなネオン文字をかかげる、いかにも昔風のラーメン屋を見つけた。

「鞍山(あんしゃん)ラーメン」

出て来たラーメンは、なにも足さず、なにも引かない基本の味であった。基本をかたくなに続けた結果が希少価値となり、宴会帰りのサラリーマンや女性客で混雑している。チャーシューは小さいながら、昔ながらの歯ごたえあるタイプで存在感がある。近頃珍しいホウレン草の具は、ゆでた葉の部分だけを凝縮してやわらかくて甘みがあり、体に良さそうな気がする。

稲荷小路 INARI-Koji Alley

定禅寺通り前のホテルに帰る途中で、クラブ街を通り抜けると、花や果物を売る店が夜遅くまで開いていた。

横丁は近年、再開発で区画ごとに立ち退きを強制され、無機質なビルに変わっていった。今回訪問した横丁が次回仙台を訪れる時までに、どれだけ残っているかはわからない。

定禅寺通り JOZENZI Street

翌朝早く、ホテルの前の定禅寺通りを散歩する。横丁から出て来てタクシーで帰るホステスや、コンビニで暴れてパトカーに押し込まれる酔っぱらいのわきを、紫色のスポーツウエアに身を包んだ若い女性がランニングで駆け抜けていく。日帰りの紅葉狩りツアーの出かける敬老団体がマイクロバスに乗り込む。前の晩を引きずる人と、爽やかな朝をむかえる人が交錯してしまうのは、横丁のすぐわきに豊かな自然がある仙台らしい光景であった。