本陣のもてなし

WAKIHONJIN KISIROTEI SHINJYO-SON,OKAYAMA PREFECTURE

写真・文/織田城司 Photo & Essay by George Oda

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宿場町といえば、黒澤明監督の「用心棒」を思い出す。江戸末期の宿場町の対立を三船敏郎演じる侍がさばく痛快な時代劇だ。

そんな宿場町の雰囲気を今に伝えるのが岡山県の新庄村である。

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笠杖山と新庄川の合間に見える新庄村

新庄村は岡山駅から車で2時間ほど日本海側に北上した山間にある。この山陽と山陰を結ぶ道はかつて出雲街道とよばれ、新庄村も宿場町として栄えた。江戸時代に参勤交代の大名行列が行き交うようになると、本陣とよばれる幕府の役人専用の宿泊施設も設置された。今でも付近の景観は、現代の物が視界に入りにくく、往時の雰囲気を感じることができる。

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脇本陣木代邸の外観

新庄村の宿場町にある脇本陣木代邸は江戸末期の建物を保存しながら内部を公開している。もとは役人の宿なので、黒澤好みのさびれた宿場町よりも格式が高い雰囲気だ。宿の外に流れる石積みの水路は、宿泊客が涼感ある音を楽しむ風情がある。

邸内の写真を撮っていると、村の案内係の婦人に声をかけられ、邸内を丁寧に説明してくれた。そこには、昔の村民が役人をもてなすために工夫をこらした痕跡が随所に見られた。

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居間

居間の天井が低いのは、刀を頭上に振りかざす切り合いを防ぐ工夫だそうだ。

槍のたな

敵の襲来にそなえ、槍を常備していた棚。

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しとみど

天井に折りたたんで格納してある「しとみど」とよばれる板戸は、敵が襲来すると下ろして、防御壁にした。

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いろり

いろりの自在鉤は地方や家によって作り方は様々である。この邸内の自在鉤の魚は鯛を意味するそうだ。めだたいことにあやかっていると言えば、役人は喜んだそうだ。写実的な魚の彫刻は施せなかったので、その分造作に工夫をした。魚には松の木を使い、上部の太い棒は竹、その下の細い棒に梅を使った。松竹梅である。

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風呂

風呂桶は江戸時代のままなので、付近にかまどや水道の蛇口はない。外でわかした湯を何往復かして、ここに運び入れた。昔はこれが標準だったのであろうが、便利な現在から想像すると相当な手間である。

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便所

用を足す時に刀をかけて置く棚が見られる。

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廊下

風情を感じる明かり取りの窓は、夜でも月明かりで廊下を照らす。

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土間
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土間

土間には、本陣制度が廃止された明治期以降の調度類も見られた。しばらくは江戸時代の設備を残したまま宿泊施設や集会に使っていたのであろう。二階の一部は茶屋も営業している。単なる資料館ではなく、人々の暮らしに土着しながら現在進行形で活躍する空間は、昔と今が共存する不思議な魅力がある。

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餅つき

邸内の裏庭では餅つきが披露されていた。夏の昼と夜の温度差と、山あいから湧き出る良質な水が美味しい餅米の生産に適し、この地の餅文化を育んだ。

一般的な餅つきは2人一組で水を使うが、新庄村の餅つきは、この地でとれる餅米の品種「ひめのもち」のこしの強さ、甘み、香りを生かすため、すぐに固まってしまう餅米に、あえて水を使わず、4人一組で一気につき上げる。技巧を要するが、その分米本来の旨味が凝縮されている。

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素材も製法もちがう、つきたての熱い餅は、他では味わえない濃厚な味がする。村ではこの餅を雑煮や土産物にして名物としている。

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提灯

かつての本陣では、贅はつくせないけれど、真心と工夫でもてなし、長旅で各地を転々とする旅人が楽しみとする、その土地でしか食べられない名物を振るまった。江戸の頃より育まれたもてなしの基本は、今も変わりがないと思われた。

帰り際に、案内係の婦人が土間から提灯を持って来た。「雨が降ってきたから提灯しまっちゃったよ。写真撮るならちょっとだけ飾ってあげるから」と言われたので、お言葉に甘えた。提灯の紋の由来について聞くと「出雲の殿様」と答えられた。

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