大英博物館の銀座線

GINZA LINE IN THE BRITISH MUSEUM

写真・文/織田城司 Photo & Essay by George Oda

大英博物館

ロンドンの大英博物館は、国家の近代化を目ざす先進諸国が博物館の規範とした。当時日本から福沢諭吉や夏目漱石も視察に訪れた。

日本の収蔵品は当初アジアという大部屋の中で展示されていたが、近年になり、ジャパニーズ・ギャラリーズという独立した部屋で紹介されるようになった。

二年ほど前にジャパニーズ・ギャラリーズを訪れた時は、古墳や茶室などの常設展示のほかに、「東京モダンシティ1900〜1945」という主題で、20世紀前半、飛躍的に進歩した東京の都市文明を特集する企画展が開かれていた。

その象徴として紹介されていたのが地下鉄銀座線である。

SUBWAY,1931 BY SENPAN MAEKAWA

図版や写真などで紹介された銀座線で印象に残ったのは、前川千帆(まえかわ せんぱん 1888〜1960)が1931年に制作した版画である。

洋装のモダンガールと和服の婦人が混在する駅は、皆一様に楽しそうである。開通したばかりの地下鉄は、低価格の移動手段というよりも、行楽の対象として受け入れらたことがわかる。大衆の好奇心と消費は、都市文明を拡大していく。

現在、欧米の地下鉄は落書きだらけで、夜中に乗車して窃盗にあったら、乗った人が悪いと言われる環境にある。先進国で日本ほど清潔で安全な地下鉄はないのではなかろうか。そこに、日本人の国民性を感じる。

ほのぼのとした版画は、想像力がふくらんで味わいがある。前川千帆は、都市や温泉地などの風俗を連作で描いた。そのような冊子は、かつての浮世絵と同じく、当時の街角情報誌や旅行案内書であった。風俗や時代を鮮明に感じるのは大衆文化ならではである。

博物館は美術館のように芸術的観点の作品を展示するのみでなく、人間とその周辺にかかわるものを展示する。

歴史の教科書に紹介されている古代遺産をスタンプラリーのようにめぐる楽しみもあるが、ありふれた日常を再発見する楽しみもある。