蝉しぐれ

NEW OFFICE AT KAJIGAYA, KANAGAWA PREFECTURE

文/赤峰幸生 Essay by Yukio Akamine
写真/織田城司 George Oda

新しいオフィスの前に広がる畑

7月22日、仕事場を白金台から梶が谷に移転して、新たな環境での創作活動をスタートした。

20数年前に独立した頃は、都会の中で緑が豊富な場所での創作活動に憧れ、白金台に仕事場を構えたが、よくよく考えると、緑は土から生てくる。

人間はもともと土の上に暮らし、人が着る服の材料になる綿や麻も土に生え、羊も土の上に暮らす。服飾文化と大地の恵みの因果を考えているうちに、より土に近く、四季が感じられる場所での創作活動に憧れるようになった。

そこで、昔ながらの田園都市の面影が残る町をめぐって物件を探し、ようやく梶が谷で、自分なりに落ち着ける場所を見つけることができた。

神奈川県川崎市 東急田園都市線 梶が谷駅

梶が谷駅から仕事場までの道には、小高い雑木林がたくさんあり、日中は蝉しぐれが絶えない。野生の鳥も多く、うぐいすが年中鳴いている。夕方になると寺の鐘が鳴り、夜は虫の鳴き声しか聞こえなくなる。近年は郊外の保養地に行った時にしか味わえなかった懐かしい日本の風物詩が身近に感じられる。

新たなオフィスの前で

仕事場に借りた一軒家の前には畑があり、近所の人が育てる梅やざくろ、レモン、ゆず、ぶどう、栗などが生い茂る。道端には、採れたての果物を無人販売する小屋もある。

仕事場では、新たな物作りの参考にする、映画や蔵書、書画骨董、服地、古着、製品サンプルなどの資料が、今までよりも広くて見やすい環境で閲覧できるようになった。

自然に囲まれ、五感が豊かになる環境では、新たな発想も生まれ、もっと早く移転していれば良かった、と思うこともある。

白州次郎や志賀直哉、濱田庄司、小津安二郎といった、かつての日本のジェントルマンたちが、郊外を創作の場にしていたことが、ようやくわかってきた気がする。

若い頃は都会に憧れたこともあったけれど、今は急行電車が止まらない町が気に入っている。