わら家の讃岐手打うどん

SANUKI UDON OF THE RESTAURANT WARAYA, KAGAWA PREFECTURE

写真・文/織田城司 Photo & Essay by George Oda

映画の中では小道具のスパイスも見どころである。ハリウッドのリドリー・スコット監督は、うどんの使い方が実にうまい。

1982年公開のSF映画『ブレード・ランナー』では、多国籍の言葉が入り乱れる退廃的近未来都市の繁華街で、人造人間の殺し屋役ハリソン・フォードは露店でオニギリ4個とうどんを注文する。店主からオニギリ2個で十分と言われるが、4個で押し通すやり取りの中に、満腹感を感じない人造人間の姿を描く。ハリソン・フォードがカウンターでうどんをほおばると、背後からコートを着た男が忍び寄り任意同行を求める。近未来ハードボイルドの怪しい路上の雰囲気にうどんが効いている。

同じくリドリー・スコット監督が1989年に公開した、大阪の街を舞台にしたサスペンス・アクション映画『ブラック・レイン』の中で、アメリカから日本に犯人を追って来た刑事役のマイケル・ダグラスと、日本の刑事役の高倉健が、参考人物を張り込む時に食べるのは、サンドウィッチやハンバーガーではなく、露店のうどんである。マイケル・ダグラスは慣れない手つきでハシを使いながら、口いっぱいにうどんをほおばり、高倉健が七味唐辛子をすすめる。

リドリー・スコット監督は、うどんが持つ独特の雰囲気や画面の写り映えを、路上で活躍する男たちの美学に生かしていた。

映画の公開から数十年経過する間に、うどんは最新技術を使った即席化が進む一方で、昔ながらの手打にこだわる原点回帰も見られるようになった。

「わら家」は、古くからうどんの名産地として栄えた香川県で、手打うどんの専門店として1975年(昭和50年)に創業した。

うどん作りが機械化される以前の雰囲気にこだわり、江戸時代末期のわら葺き屋根の民家を移築して店舗として利用した。復刻した水車小屋とともに醸し出す素朴な風情は日本の原風景を思わせる。

うどん屋というと、かけうどんをベースにして、味つけと具材の広がりでメニューを構成することを想像しがちだが、「わら家」のうどんは麺とダシのうまさを堪能してもらうことに徹底しているので、麺をツユにつけるか、麺に醤油をかけるだけのシンプルなメニューである。

うどんを釜あげで注文すると、ゆで汁ごと桶に入って出て来る。ゆであがりの麺は市販のうどんの約1.5倍ぐらいの太さで、角が半透明で中が白濁の美しい濃淡が見られる。

大きな陶器のとっくりに入って出てくる熱いツユは、瀬戸内海の豊富な海産物を煮出して作る、香りがたかくて深みのある醤油味である。

お好みでダシに加える薬味は、デリケートな麺の味を邪魔しないようにワケギやおろしショウガといった控えめな内容だ。麺のコシの強さはある程度想像していたが、麺そのものに小麦の味や香りが強く感じられて存在感がある。

食べる前はうどんだけでは物足りなさそうな印象だったが、素材えらびと製法に手間ひまかけた麺とダシの組み合わせは、味わいを堪能しているうちに、おかずがなくても食がすすみ、改めてうどんの奥深さを認識した。

三角巾姿の女性がせわしなくうどんを運ぶ店内は、ほとんど地元客で、親子三代ファミリーや携帯電話でうどんを撮影する女学生のグループなどが、うどんを食べながら歓談する。むかし、ひとつ屋根の下で大家族が食事をしていた時代を思い出す。

店内のテーブルとイスは、露店に見られるようなシンプルなタイプだ。味わいあるうどんだが、食べ方はかしこまらないで、リドリー・スコット映画に登場するヒーローのように、口いっぱいほおばって豪快に食べたい。

香川県では、うどんに情熱を注ぐ担い手たちの努力と、行政による宣伝、瀬戸大橋の開通効果などで、うどんを軸にした観光誘致と地域振興が発達している。土着の歴史に裏打ちされた本物志向と地域住民の盛り上がりに、観光客を巻き込む圧倒的なパワーを感じた。

夕暮れの瀬戸大橋 The Great Seto Bridge