ザ・ヴィンテージ・ショールーム/ダグラス・ガン、ロイ・ラケット
案内/赤峰幸生 写真・レポート/織田城司
TOKYO VINTAGE TRIP
The Vintage Showroom/Douglas Gunn, Roy Luckett
Navigation/Yukio Akamine Photo & Report/George Oda
春雨の降る3月中旬、ロンドンの古着屋「ザ・ヴィンテージ・ショールーム」の創業者兼コレクターが初来日。同店を愛用している赤峰幸生氏が東京の古物市場を案内しました。
「ザ・ヴィンテージ・ショールーム」の創業は2007年と近年だが、世界中からデザイナーやスタイリスト、出版関係者が訪れる。来日を機に、急成長の背景をのぞいてみた。
独自の視点
「ザ・ヴィンテージ・ショールーム」の創業者兼コレクターのダグラス・ガン氏は、成人すると紳士服飾業界に就職。デパートの下働きなどを転々とするうちに古着に魅せられて独立。ロイ・ラケット氏と共同で古着屋を起業した。
ここまでは、よくありそうな話だが、彼らが単なる古着屋にとどまらなかった要素のひとつに、絞り込んだ品揃えがある。主力商品は、すぐに売り上げに結びつきそうな婦人服ではなく紳士服で、年代は大量生産型ファッション衣料品が流通する1960年代以前のものを中心にしている。アイテムはワークウエアやミリタリーウエア、スポーツウエアが大半を占める。貴族がドレスアップするための服ではなく、庶民の機能服だ。
古着の提案方法もユニークで、路面の小売店の他に、ショールームを開設している。ここでは貴重な歴史的資料の非売品を多く展示して、アポイント制で見学や貸し出しなどのサービスを行っている。
ショールームでは随時古着を撮影して、写真集やブログに活用しながら古着の魅力をビジュアルで発信している。一連の活動は、成功店のノウハウ的発想から生まれたものではなく、民俗博物館の学芸員のような視点が根底にある。
かねてから「ザ・ヴィンテージ・ショールーム」を愛用していた赤峰幸生氏は、ダグラス氏から1日東京案内のオファーがあり、彼らが好みそうな場所を選んで案内した。
ダグラス氏とロイ氏は朝一番、赤峰氏の会社、インコントロのオフィスを訪ね、赤峰氏の古着や古本のコレクションを見学。午後から赤峰氏が運転する車で都内をまわり、最初は、中目黒の古着屋「ジャンティーク」をリサーチ。次に、歴史民俗衣装を展示する「日本民藝館」と「アミューズ・ミュージアム」を見学。人形町の「㐂寿司」で夕食の後、恵比寿の「喫茶銀座」で「ザ・ヴィンテージ・ショールーム」の写真集を愛読する日本の紳士服飾業界のファンを交えたウエルカム・パーティーに参加した。
知られざる職人
人形町の㐂寿司は、今年で創業93年目を迎える。現在の建物は築60年だそうだ。赤峰氏は40年通う。ネタには煮物もあり、東京湾で魚介類が豊富に採れ、様々な料理法で食べた江戸前の古典を現在に継承している。このため、食感は柔らかいものばかりでなく変化に富み、シャリが小さめなこともあり、つい追加注文をしてしまう。
日本人なら唸ってしまうお店だが、初来日したダグラス氏やロイ氏は、まだ違いがわからないようであった。喜怒哀楽の表現をあまり出さない性格なのか、昼間の見学中も口数は少ない。日本の古い民俗衣装に驚嘆の表情を見せ、図録や和雑貨を買い込むものの、感想を聞くと「たくさんありますね」とか、シンプルな答えしか返ってこなかった。
㐂寿司の主人は「最近は外国のお客様も増えました。イギリスから来た洋服屋さんですか。きれいな写真集ですね。昔はシャツのボタンにするからと言って、アワビの殻を買いに来る業者がいたけれど、最近は来なくなりました」と、語る。
すると、それまで寡黙だった髭面のロイ氏は、おもむろに立ち上がったかと思うと、板前さんたちに向かって「あ、あのー、すみません。皆さんの写真を撮ってもいいですか?」とたずね、スマフォで撮影を始めた。どうやら、揃いの白衣を着て、黙々と注文をこなす板前さんたちに感動したらしい。そこに職人の姿と、活きたワークウエアを見たのであろう。
彼らが1900年代から1950年代までの紳士機能服に固執するのは、希少価値や経年変化の味わいもあると思われるが、無名の職人たちが、サバイバルや防寒など、人々の生活に役立つために工夫を凝らした痕跡が、ディティールや素材、仕立てに、最も顕著に表れている鉱脈だからと思われた。そこに感じられる、素朴な人間味が魅力なのである。
デザインなきデザイン
恵比寿の「喫茶銀座」は1962年に創業。全国の商店街で銀座と名付けることがブームになったことが屋号の由来。昔の喫茶店の風情が残り、気取らない雰囲気が赤峰氏のお気に入りだ。
ここで開かれたウエルカムパーティーに集まった日本の紳士服飾業界の関係者は、会場に持ち込んだ「ザ・ヴィンテージ・ショールーム」の写真集をめくりながらダグラス氏にディティールのマニアック質問を繰り返す。ダグラス氏からは東京でおすすめの古着屋の逆質問があり、有意義な情報交換の場となった。古着は万人向けの商品ではないので、ファン同士のネットワークは欠かせない。
赤峰氏はその光景を見て「ダグラスさんは熱心だよね。貪欲な収集活動は半端ではない。新しい古着の入荷が楽しみで、ロンドンに行くと必ず寄っています。戦後間もない頃、人々は新しい服を着ることに憧れましたが、服が溢れた時代に生まれた世代は、古着に憧れる傾向があります。値段の安さや投資価値ではなく、今にないデザインが新鮮に映るのでしょう。ある意味、今のデザインが同質化している裏返しでもある。そうはいっても、全身古着ばかりで着こなすと、コスプレみたいに見えることがあるので、今の服とミックスしながら着るのが面白く、自然に見えます。ロンドンも良いけれど、日本にも世界が唸る物作りの資料や産地があるので、日本の紳士服飾業界の人々も、もっと深堀りしてほしい」と、語った。
「ザ・ヴィンテージ・ショールーム」の写真集は、細部まで精密に撮影した古着を1ページに1着ずつ丁寧に載せ、注釈も製造年代と国籍、用途、ディティールの意味など、基本情報を淡々と記述するのみで、美術館や博物館の図録のようだ。古着を美術品のように扱う姿勢からは、昔の物作りの良さを後世を伝えようとする意志と、無名の職人たちへの敬意が感じられる。写真に想いを託し、言葉や装丁デザインを極力排除することで生まれる無国籍感も、ソーシャルネットワーク世代に受ける要素なのであろう。
リサーチ当日は、あいにく雨だったが、ダグラス氏とロイ氏は傘を持たず、ワークジャケットの衿を立て、片手で首周りを覆いながら歩く。「傘を用意しましょうか」と、声をかけると「いりません」と、言う。理由を尋ねるとダグラス氏は一言「イングリッシュ」と、答えた。英国人らしさを感じた一瞬であった。
「ザ・ヴィンテージ・ショールーム」の公式ホームページ
www.thewintageshowroom.com