五感の着こなし

ジャパン・ジェントルマンズ・ラウンジのフェイスブックページに連載した、赤峰幸生氏が着こなしへの想いを語った記事を本サイト用に再編集して収録しました。

文/赤峰幸生 Essay by Yukio Akamine
写真/織田城司 Photo By George Oda

「夏の装い」 Summer Dressing  July 25,2012

夏はフレスコを着ようが、半袖を着ようが、暑いといったら暑いのだ。心頭滅却すれば火もまた涼し、ということわざにもあるとおり、暑いことを忘れることだ。

夏でもきちんと着こなすジェントルマンが格好良く見えるのは、ガマン大会ではなく、着ることに対する気持ちがちがうのだ。楽な格好をすると気持ちまでダレてしまう。

私は暑かろうが、寒かろうがタイドアップだ。風鈴の音や、そうめんののどごしなど、耳や舌からも涼を感じることができる。それが日本人の情緒だ。

「広尾のイタリアンレストラン『ラ・ビスヴォッチャ』」
Italian Restaurant La Bisboccia in Hiroo  August 9,2012

イタリアのレストランは大きく分けてふたつある。ひとつはトラットリアと呼ばれるもので、ファミリーなどで利用するカジュアルタイプのお店だ。値段もそこそここなれている。もうひとつのリストランテは大人向けのお店で、特別な日に利用したり、接待に使ったりする。料理の味もさることながら、サービスの質がちがう。ひとりひとりにワインをついでくれたり、リクエストによってはメニューにはない料理もアレンジしてくれる。

イタリアでは、仕事から家に帰った大人が、子供を寝かしつけてからドレスアップをして集い、夜の9時頃から夜半すぎまで飲食や会話を楽しむのがリストランテだ。

今から13年程前、このイタリアのリストランテを日本で本格的に再現しようと監修したのが広尾の「ラ・ビスボッチャ」だ。

リストランテの着こなしの基本はイタリア語でコン・ジャッカ。日本語では上着着用のことだ。この日の着こなしは、夏の夜会をイメージして、ミッドナイト・ブルーをテーマにネイビーのスーツ、ブルーのリネンシャツ、素足にネイビーのエスパドリューでまとめた。

「マルコヴィッチの青」 Blue of Mr.Malkovich  August 16,2012

イタリアのフィレンツエでは世界的な紳士服見本市ピッティ・ウオモ展が年二回開かれている。今年の6月に訪れた時、スコット・シューマン氏が会場にレストランで開いたパーティーに招待された。そこでお会いしたのがハリウッドで活躍する映画俳優ジョン・マルコヴィッチ氏だ。

マルコヴィッチ氏は性格俳優としてクセの強い役が多いが、話してみると、もの静かに語る男だった。もともとシューマン氏の知り合いで、イタリアのプラトー地区に別荘もあることから今回のパーティーに参加したそうだ。

そもそも男服の着こなしとは、紳士服の原点英国の基本という楷書を料理して自己表現することだと思っている。時には正統派で決めたり、ひねりを加えたりする。

パーティーの当日、私の場合は、夏のパーティーということもあり、ダークスーツではなく、軽い印象のスーツスタイルでまとめようと思った。そこで、フィレンツエの街のことを想い、建物の壁に見られるベージュと屋根瓦に見られる茶色で全体をまとめた。

マルコヴィッチ氏はピークドラペルのシングルジャケットに取り替え衿のフォーマルシャツという英国の古典アイテムを夏らしい明るいブルーのひねりを加えてまとめていた。

その日の着こなしの「お題」を決めるには、場の雰囲気を想像しながら気分を加え、まず色の全体感を決めていく。色のイメージは海や砂といった自然界のものの組み合わせを引用したり、むかしの映画の中から引っ張ってくることもある。

着こなしは演じるということとはちがう。演技とは芝居や映画で第三者になりきることだ。普段の着こなしは、あくまで自己表現で、場に対してどのような「お題」を選んだかによって、その人の「気持ちの洒落」がにじみ出るものなのだ。

そのような意味で、さすがにマルコヴィッチ氏は着こなしの基本がよくわかっている。たたのスタンドカラーシャツを着たオヤジではないのだよ。

2012年秋冬物の装い 2012 Autumn & Winter Collection Preview  August 23,2012

残暑は厳しいけれど、冬支度は暑いうちにやっておこう。前々からダンディズムの兆候はあったが、ジャケットスタイルが一段落して、「アーティスト」という映画がアカデミーをとる時代になると、いよいよ機が熟してきた。

そこで気になるのが1920〜30年代のアメリカの雑誌「ヴァニティフェア」だ。当時の上流階級向けのライフスタイル誌で、ここに着こなしのお手本として登場する
ゲーブルやクーパーといったハリウッドスター達のモノクロ写真が参考になる。

なぜなら、現代のダンディズムの基礎はこの頃完成され、その後は登場していないからである。

ピークドラペルのスーツにダブルカフスのシャツを合わせたい。今のうちに予習をしておこう。8月31日に夏休みの宿題をやろうとすると目も当てられないだろう。